創作再開しました。不定期更新です

桜坂

最初に交わした言葉はなんだっけ。
君がおかしそうに、たくさん笑っていたことは覚えている。
僕はいつも道化役で、必死になって面白い人、おかしい人になりきった。
どちらかというと、輪の中心にいた気がする。

君は友だちと眺めながら、顔を見合わせ、笑ってくれた。
君が笑うと頬がうっすら染まり、いっそう魅力的に見えた。

振り返れば二人で話したことなんてほとんどない。
遊んだときに付いてくる人。
お互いがそう思っていたはずだ。
頻繁に集まるグループで、君をよく思った奴から聞かれたもんだ。

「ねぇ、あの子って彼氏いる?」

聞いてくる奴ら全員が、ほとんど一緒にいる僕のことは彼氏と思わなくて、そう思うのに無理はないほど僕らに接点はなかった。

ろくに話したこともないくせに、僕は気づけば君を目で追っていた。
君が髪を切ったときも真っ先に気づいたし、口紅をピンク色に変えたときは赤よりも似合っていると言いたかった。
誕生日も忘れたフリをしたが、忘れたことがない。
君が何気なく言っただろう、過去の話も、今も覚えている。

「家では暗いんでしょ」

どの程度本気で言ったんだろう。

「おっ。わかっちゃう系か。マジそーなんよー。チョーネクラっつーか、どよよーん的なねっ」

いつもの調子で流せただろうか。
見ぬかれたことより嬉しさが勝って、前よりずっと君を知りたくなった。
朝起きて横に君の顔があればと、未来を想像した日もある。

手を繋いだらどんな感触だろう。
髪を撫でたらどんな顔をするのかな。
二人向かい合って座ったら、どんな話をしよう。
君に似合う、服も見に行こう。

精一杯の勇気を振り絞って、冗談ぽく言った言葉は本気だった。
君は本気で言ってくれたのか、冗談として言ったのか。
真意を確かめる度胸が僕にはなかった。
その日から僕の歩む道はずっと下降し続けている。
やがて馴染みのいない見知らぬ街で働くことになり、君はまだあの街にいる。

知らぬ間に僕の横にいた奴と付き合い、式を挙げたらしい。
式には、行かなかった。
どんな理由にしたか忘れるくらい、情けないことを言って。

君は今も心を惹きつけてやまない。
思い出すたび、降り続けている坂道に、儚い記憶の花が咲く。
薄紅色に包まれた、見渡す限りの絶景。

桜坂。

僕は咄嗟に嘘をついた

リクネタ。
乃木坂46「僕は咄嗟に嘘をついた」の歌詞から創作。


「好きだ!ぼ、僕と付き合ってください」

当時流行っていた少年漫画の真似をして、それは、校庭の鉄棒で行われた。
告白の相手が知っていたかどうかわからない。
僕はとにかく、告白がしたかった。
そして彼女が欲しかった。
それだけだったから、細かく覚えてない。

交換日記をしたり、おそろいのものを持ったり、帰りに一緒に歩いたり、休みの日、近くの公園に行ったり、ファストフード店で長話したり、デートらしいデートを、僕たちはした。

けんかをすることもあったが、だいたいはうまく過ごしていたと思う。
夏休みが終わり2学期に入って、君がやってきた。
隣の席に座った君と目があったとき、きれいだと思った。
みんな同じ黒い瞳なのに、君のは吸い込まれそうで、深く印象に残るまなざしだったのだ。

転校生がきれいだからと言って、浮気するわけではなく、相変わらず僕は彼女と仲良く過ごしていた。
でも、彼女と付き合いながら、僕は君のことばかり見ていたのかもしれない。
はっきりと君が好きだと思ったのは、君に声をかけられたあの日だった。

「本当は彼女のこと、好きじゃないんでしょう」

全て分かっている、という風な断定的な口調だった。
間をあけず僕の口は、

「いや、好きだよ」

そう言ったような気がする。
付き合っている彼女のためを思って言ったのかもしれない。
いや、そのときは本当にそう思っていたのかもしれない。
正確に、なんと答えていたかは記憶にない。

おそらくだが、そうだとは言っていないはずだ。
言っていたら、君の言う「好きじゃない」を肯定することになってしまう。
答えたことはしっかりと覚えていないのに、答えたときの君の目が美しく、みとれてしまったことだけは、覚えている。
それで僕が君を好きになったことも。
今も覚えているくらいだから、相当心に残ることだったんだろう。

その後彼女とは、自然に別れてしまったけれど、僕と君とが付き合うことはなかった。
君のその後を詳しくは知らない。
この間同窓会で集まったとき、噂で君は僕を好きだったんだと聞いた。
君が今どこにいるのかも、どうしているのかも、聞かなかった。
僕らは二度と交わることがない。
それで良かったんだ。

かぶ草子

リクネタ「御簾にこもる殿方」その2

男は真名扱えてこそ一人前。
貴族の長男として育てられたため、礼儀作法と教養は否が応でも身に付いた。
代々殿上人で上の中の部類。暮らし向きも悪くない。
11歳で元服を済ませ、父と同じ役職を与えられるはずだった。

あと10年、いや、50年早ければ。
時代は上流貴族のみが良い職につけるように変わっていった。
代々先祖が守り抜いたであろう場所は、勢力争いの末奪い取られた。

世を儚んだ母はこの世を去り、父とて急激な老け方をした。
そして「わ」は、あろうことか、「妾」という扱いにされた。
小柄で元服前ということもあり、姫のようであると。
その提案は、妾の元服を手伝う予定であった、ある有力者がした。

幼子が男だか女かだの、親しい家柄であれ、そう分からぬというのだ。
事実、近ごろ妾は御簾の姫君などと呼ばれているという。

後継ぎとして次男を可愛がっていた父は喜び勇んで賛成した。
決して仲違いをしていたわけではないが、亡くなった母君の子である家柄の後ろ盾がない「わ」より、良家出身である次男の母君の機嫌を取るほうが良策と考えたのであろう。

噂を聞きつけた貴族の文が、届くようになった。閑職とはいえ、殿上人の娘である。
今まで噂にならぬくらいの美人な箱入り娘だと、評判はなぜか上々で笑いそうになる。

慌てて伸ばし始めた髪が床を這うほどになった頃、その文は倍になった。
和歌の素養があり字もどちらかというと女らしかったらしく、疑われることがない。
世の中の男どもはこうも頭の弱い連中ばかりだとは。
それでも妾は婿を入れるわけにはいかなかった。

事情を知るのは、身内以外だと側につかわせているうちのひと握りである。
知らぬ者は軽々しく妾の入内を目論む者までいた。
日がな御簾を下げ、決して顔を見せない。

油にまみれた髪と、重い着物を引きずり歩くときほど惨めな気持ちになるときはない。
妾はいつまでこの身分を続けなければならないのか。

鬱々とした気持ちを晴らすのは、物語であった。男であれば読むのを止められるかもしれない少女趣味な手慰みも、読む間は異世界を味わえた。
やがて妾は飽き足らず、己の境遇を決して妾と分からぬように書き記す。

『かぶ草子』
手慰みのつもりだったため、昨日食べた野菜を頭に付けただけのものだ。それなのに、困ったことに侍女が続きをせがみだし、架空の恋愛要素も加えたものに変えると、たちまち流行してしまった。

時を同じくして、妾に時の帝の姫君から、紙をいただき執筆の御命令まで頂戴する。
思わぬ日の当たりようから、父も宮仕えを勧める始末。

「もっとちこう寄りなさい。御簾の君。」

涼やかなお声。あろうことか、物語と同じように、帝の姫君に恋心を抱くことになるとは。
入内してもおかしくない年頃の、身分のある娘が宮仕えするのを、父上はどう誤魔化したのか。
もはやそんな疑問などどうでもいいと思える素敵なお方だった。

殿方に仕えられぬ身なれば、奥方に立派にお仕えし奉ろう。
妾の内に秘めた思いを、悟られぬよう。

貝のめぐり合わせ

リクネタ「御簾にこもる殿方」その1


日がな御簾に篭もるわれのことを、人は御簾の君などと茶化しているらしい。
遊びや茶会には興味がない上に、のし上がる気もない。
上流でない貴族の、私生活に味がある方がおかしいのだ。

仕事が終わると家に戻り、我が家の仕事に取り掛かる。
遊んでいる暇がないと言った方が正しい。
前当主直々に指名されたわれが、役目を仰せつかった。

「貝合わせ」の編纂である。
ご先祖がお告げを聞いたとき以来、われのような「貝合わせ役」が先代の没後指名される。
このお役目のせいで妻もめとれず、侘びしいことこの上ない。

今日も貝とにらみ合い、差を見極め、優劣を付けその理由を記す。
来る日も来る日もわれが死ぬまで続く。
貝などなくなってしまえばいい、と海にでかけ貝をすくって放置して帰ったら、次の日から1ヶ月間謎の体調不良に襲われ死ぬかと思った。

御簾の君などと揶揄されていることからお察しの通り、このお役目は内密である。
というと聞こえは良いかもしれないが、当人にとっては報われない先の見えぬ仕事を、延々とこなしている虚しさしかない。

「おお、いっそこの世の者とも思えぬうるわしいおなごが、貝から産まれてこればいいのに!」

「ねえ」

気配のない来訪者には毎度驚かされる。

「はて、どなたかな」
「はまぐり」
「住まいは」
「ここ」

目をこすっても、まばたきしても、頬をつねっても、疑いようがなかった。
われの背後に、8歳くらいの女の子どもがいた。
兄夫婦に仕えている童ではなさそうだ。
彼女について調べても生家が分からず、仕方なく我が家で住むことになる。

それからのわれの暮らし向きは、少し変化した。
仕事が終わると狙いすませたようにはまぐりがいて、彼女と貝合わせをした。
頭のいい子で飲み込みが早く、仕事もはかどる。

「それが今の蛤の方だと。できすぎた話だね」
「われはうそをついていない。事実そうだったのだ。だから出自は分からぬ。」

まぼろし

人をひどく信用するし、全く信じない。
勘は鋭く落ち込みやすい。
占い師らしからぬ占い師の言うことを話半分に聞き流していた。
そう言われればそうな気もするし、違う気もする。
だいたい、生年月日で僕のことが手に取るようにわかるのが胡散臭い。
信じれば救われるというのなら、僕に童心を分けてほしい。
信じたいが信じるに足らない。

しんどいときに頼れる人間を、僕はあまり知らない。
僕がしんどいと感じたとき、電話帳で呼び出されるのは決まっていた。
連絡無精なため、かけられた相手は開口一番で僕の不調を案ずる。
繕わず話せることが心地よい。

言葉が海のように溢れだし、波打ち、暴れ、また落ち着きを取り戻す。
聞いているだけでいいということを、大抵の人は学ばない。
取り繕う言葉を並べてみたり、自虐で和ませようとしたり、教訓めいたことを言い自己満足に浸る。

なぜだろう、と疑問をぶつけたことがある。すると聞き手は僕に、

「みんな自分が好きで自分のものさしでしかものを考えられないからさ」

凛と澄んだ声を響かせた。
僕が求めていた答えのような気がして、いつか僕が似たような相談をされたときは、同じように返そうと決めている。

荒波を越え僕は平生を取り戻す。
また荒れる日まで僕は連絡をしない。
荒れてないときに連絡をしてこいとせがむほど、向こうも熱心ではない。
気前がいいのか、何も考えていないのか。
向こうの愚痴を僕が聞いたことはない。
自己消化するんだと言っていた。

悪意は腹を壊す。
不自然に腹が膨れ、妙な圧迫がある。
憎悪という胎児が宿り、産まれる。
醜い感情を、僕は自己消化できない。
育ちきった憎悪が産まれる痛みは辛く、出ていった後も尾を引く。
そして、またすぐに宿る。

これが僕か、お前が僕か。
産み落とされた我が子の面をついぞまともに見た記憶がない。
平生から逃れさせてくれない影。

まぼろし。

Gang★

すすけていて、先など見えない。
紫や赤などの薄暗い照明と、煙。
今日ここに来ているのは、目にくまをこしらえ生気のない痩せぎすの男と、好色さを顔面に滲み出させた脂ぎった男。
そして、口元にだけ微笑を浮かべた憎々しいほどに脂肪を蓄えた女。
ああいう追従のできる女が、モテるのだと気づいたとき、私は世の中を憂いた。

「あの子ったら、ほんっと気が利かないのよぉ」

普段、あと2段階は低い声で話す。
創りあげられた吐き気がするほど甘く、舌足らずな高音。
そして、あの子は私。
何度も聞かされてきた、気の利かなさを変える気はなかった。
どう振る舞ったとしても、私には不幸な時間しか訪れない。

寝る以外の快楽がない。
敷布団と掛け布団の間に足を差し入れるとき、僅かな温もりと冷たさを感じる。
その日の部屋の温度によって、足に伝わる温度も変わる。
その小さな快楽を、人に打ち明けたことはない。

足を滑りこませ、柔らかな枕に頭を委ねると、とりとめのない物語を始める。

夢の中の私は勇敢な男。
愛用の革ジャンに身を包み、肌は浅黒く日焼けしている。
使い慣れた白のバイクに乗り、さっそうと各地を旅する。
エンジンがかかり、足を蹴れば、どこにでも旅立てる。
荷物は最小限。座席下に積めるくらいが身軽で好きだ。

社交的で、友達も多く、仕事が休みの日は時々友人同士集まりパーティをする。
茶髪で愛用のタバコがやめられず、彼女に怒られるときもある。
クセに近いものだから、つい食後や不意の口寂しさを感じてしまうと、吸う。
仕方ないと思うのと、彼女の心配する声との板ばさみで困ってしまう。
日に1箱。値段がかさむから、高いのと安いのと2種類を吸う。

筋トレは欠かさない。ジムも週に3回は通うことにしている。
鍛錬の結果腹筋は割れ、服を脱いだときに女性がうっとりと漏らすため息が、最高に気持ちいい。

ソリマチとか、アイカワとか、そういうのに似てるとよく言われ、正直もてた記憶しかない。
遊ぶ金は潤沢にあり、今までさほど勉強せずとも、素質を活かしてきた。

いわゆる勝ち組。
多少ヤンチャしても許されるキャラだったし、本当にヤバそうな、刑事告発されそうなことは避けてきた。
勤めているところを言えば誰もが知っていて、何度か目の敵にしてきた相手もいたが、負け犬の遠吠えでしかなかった。
さらに、実家は脈々と続く由緒ある家柄らしく、育ちも悪くないと自負している。

ツイてると思うし、実際いい事しか起こらない。
人生なめてんだろ、って冗談交じりに言われたことがあるが、マジなめてる。
何でもできて、辛いことなど考えたことがない。

いや、嘘。
こんなツイてるのに、一抹の、よく分からない不安だけはある。
これが、いつまで続くのか。
満たされてるのに、何か足りない。
本当は気づいてるけど、気付きたくない。

見慣れた壁が見え、聞き慣れた音楽が流れる。
視界の隅に宝物が映る。
着古され擦り切れたTシャツの、何度も見飽きるほど見てきた文字。
私の夢。

「Gang★」

何度でも花が咲くように私を生きよう

名前を呼ばれ、扉を叩く瞬間私の脳裏をよぎるのはいつだって、あの扉。

あれは、15年前。
私は母のあつらえた洋服に身を包んでいた。
被服科を出た彼女は布地を買ってきては、私を着せ替えた。
市販品ではないそれが私だけの特別なもののような気がして、嬉しかったのを覚えている。

「どうぞ」

些末な中身は記憶にない。
ただ、あの時叩いた扉の淡い木目と、重厚な造りをしたドアノブを、私はずっと忘れられずにいる。
型通りの質問。
事前に何度も念入りに打ち合わせた内容を、口が勝手に話す。
当然ながら、微笑みも絶やさない。

見られること、話すことに慣れていた。
どう話せば喜ぶのかも、子どもながらに心得ていたつもりだ。
いわゆるおませさん、と言えば伝わりやすいだろうか。
私はそんな、大人からすれば扱いやすく、同級生には一目置かれ、ある意味では気難しい子どもだった。
だからあの日も、大人を上手く騙せる気でいた。

「貴女はこれから、何のために生きますか」

予定外の質問に、1番してはいけない沈黙を作ってしまった。
焦りが失敗を生み、なんと答えたのかも分からないくらい、思考が乱れた。
陰鬱な面持ちで私は帰ってきたらしい。

結局その日を境に、私の人生は少し変化があった。
それまで呼ばれていたお仕事の数々が雨露のごとく消え失せ、普通の女の子に戻ったからだ。

最初は特別さを失った悲しさがあったが、時間が解決していった。
時期としても、ちょうどその頃が潮時だったのかもしれないと思う。
入れ替わりの激しい世界だし、仕事がなくなっても気丈に振る舞えるほど、私は強くなかった。

実年齢より少し綺麗なだけの女性。
今となっては誰も昔を知らない。
だったはずなのに、また光を求めた。
はいて捨てるほどいる、元〇〇。
需要なんてない。
一縷の望みが私をこの世界に繋ぐ。

いいね、と言ってくれる人のため、
私は今日も扉を叩く。
あの日出せなかった答えを、今も出せずにいるけれど。
ひとつだけ大きな決意はある。

何度でも花が咲くように私を生きよう。