創作再開しました。不定期更新です

僕のメリさん

午前7時21分、いつもの電車に乗り込めば、物憂げな表情のあの人と出会う。片手にはカバーのかけられた文庫本。

世界中のどこを探しても彼女ほど文庫本の似合う人はいないと思う。彼女の、その少し日に焼けた健康的な肌には、クラフト紙のカバーがよく馴染んでいる。彼女の住まいの近くにはあの書店があるのだろうか。僕は全く本を読まない。だからよくあるチェーン店なのか、個人書店なのか、その区別もつかない。もとよりそんなことを確かめたいとも思わない。そもそも本屋に行かないからだ。活字を見ると眠くなってしまう。何よりあの、本屋に漂う独特の、紙の匂いというのだろうか、得体の知れないこもった匂いに辟易としてしまう。

耳から流れる音楽を聴きながら、不審に思われない程度に彼女を眺める。僕より先に乗り込んでいて、僕よりずっと先で降りるのだろう彼女は、月並みな表現をすれば美しくて、仕事のできそうなOLだ。

きつく引かれた黒のアイラインに、薄い茶のアイシャドウに、真っ赤な口紅。土曜も休みなく働いているところを考えると、仕事は商社だろうか、いや、銀行員かもしれない。保険の営業でもいい。彼女のためなら親戚中から土下座してでも契約を頼み込んで営業成績に貢献する。まぁ、そんなことをしなくても平然と、しかし丁寧に仕事をこなしそうではあるが。

僕は勝手に彼女をメリさんと呼んでいる。理由は、僕の唯一知ってる海外作家がモンゴメリだから。そして彼女がとても外国風の雰囲気を持っているから。モンゴさんだと野暮ったいから、端の二文字から借用した。自画自賛だけどとても素敵な命名ではないだろうか。

メリさんが何を読んでいるのかは、わからない。僕が中学生のときに読書感想文用にがんばって読んだ文庫本よりだいぶ分厚い本を毎回読んでいる。悲しい話なのか、単にメリさんの顔が物憂げ気味なのかわからないけれど、大概忙しさにかまけて連絡を怠ったばかりに男に振られたキャリアウーマンみたいな、そんな顔をしている。

紺のストライプ地のパンツスーツに、第1ボタンが元からついてないカッターシャツを着ている。履いて長らく経つであろうパンプスは、磨いて丁寧に手入れされており、隙のなさを感じる。右の内側手前がやや擦れているから、内股で歩いているのだろう。

背丈の割に足は少し大きめで、パンスト越しに映るすらりと伸びた長さは胴よりずっと長い。細くも太くもなく、許されるなら柔らかな感触をずっと手のひらで感じていたい。

メリさんはどんな声で話すんだろう。どんな笑顔を見せるんだろう。話しかけて笑ってほしくなる衝動を抑えて、下車する。僕は所詮メリさんに取って赤の他人であって、登場人物にすらならなくて、無理やり彼女の舞台に上がったとしても、役柄で言えば通行人止まりだ。僕には僕の日常があるように、彼女は彼女の時間を生きている。決してすれ違うことのない平行線を歩むだけ。

せめて今はこの目に焼き付けて、また次の逢瀬まで、僕の一方的な恋を続けさせてほしい。誰にも迷惑はかけないから、この思いを秘めさせて。

どうか、明日もお元気で。また7時21分、3両目で会いましょう。

りんご姫

気がつくと首を絞めていた。真っ赤な頰に、長い睫毛をした君の。

 

「最近楽しいことがないの」

そうだね、と同調した僕は、君と繁華街に繰り出した。きらめくネオンサインを登り、扉を開けた。

君は一本調子で、ほとんど感情らしい感情を確認できなかった。僕はただただ疲れてしまって、おまけにあの時から時間も経ち過ぎているから、楽しい時間を過ごせたかどうか、わからずじまいだ。憶測だけれど、きっとあんまり楽しくなかったような気がする。だって、僕らにはどうも不釣り合いな場所だったから。

今度は別の楽しいことを見つけよう、と言った僕に、君がなんて返事をしたか覚えてないけど、またおいでよと言ってくれたことだけは、覚えていた。

 

しばらく、と言ってもそれほど間隔のあかない間に、君に会いたくなって、今度は遠路はるばる会いに行った。

相変わらず変わらなくて、手を繋いで恋人ごっこをして、少し顔色のよくなった君は、退屈だけれど元気だと笑った。

僕は少し嬉しくなって、また来るねと笑顔で帰った。

 

「最近よく眠れないの」

見ない間に、僕も君も歳をとった。まるで他人事のようにつぶやく、くまをこしらえた君が心配だったから、それならお薬を処方してもらえばいいんじゃないかなと助言した。

薬の力には頼りたくないとごねる様子に、無理にでも寝たほうがいいよと後押しをした。

首を傾げて、そうかなという声は、やっぱり大したことではないとでも言いたげに、か細く聞こえた。君は前に見たときより、少し細くなっていた。

真っ白で、生命線だけがやたらと下まで伸びている君の手。僕よりかなり大きな手のひら。だけど手首は、僕の短い親指と人差し指で、囲えてしまうほどになっていた。

出会った頃から細くて、折れそうだと思っていた身体は、いっそう折れてしまうそうになった。

楽しいことにも、楽しくないことにも、何もかもがどうでもよくなってしまったみたいな君は、虚ろな瞳を僕に向けた。

それでもまだ、また来るといいよと、その気はなさそうな口調で付け加えてくれた。

そしてついでのように、僕のことはどうでもよくないんだよ、とわずかに微笑んだ。ほんのちょっぴりだけ、安心をして、気丈に振る舞うため大げさな笑顔を作って、大げさに手を振って、僕らは別れた。

 

綺麗だった黒髪は、赤茶混じりのパサついた髪へと変わっていて、それはもしかしたら僕が、少し色でも入れてみたら気分転換になるんじゃない、と言ったせいかもしれないと思い至った。

無責任なことにいつ言ったのか覚えていなかったけど、確かに言ったかすら怪しかったけど、もっと恐ろしいことに、君はこうのたまった。

 

「最近時間の感覚がないの」

「もうすぐ死ぬのかもね」

縁起でもない、とかそういう類の言葉を返しながら、おかしなことではないと思った。君は元から美しすぎて、まるでこの世のものではないようで、あちこち身体がおかしくなるのもこの世の食べ物が口に合わないからで、無感動に見えるのも君の美しさから比べれば他のことなど欠片ほどの価値もないのは当然のことだからだ。

 

「だから、殺したんです」

 

「真夜中に目がさめると、隣で寝ていた「彼」の両手両足がまっすぐ上に伸びていて、どうしようもない恐怖に取り憑かれ、手近にあったティッシュを空いた口元へとどんどん詰めたけれども一向に状態は変わらず、叫ぼうにも声も出ず、最善の策を講じた結果、首を絞めた、でまちがいないですか」

 

はい、と首を深く垂れた女は愁傷そのもので、「僕」と名乗る以外はどこにでもいそうな外見をしていた。

「彼」に身寄りはなく、頻繁に連絡を取り合っていたのは、この女だけだったようだ。元はモデルをしていたらしいが、「お付き合い」で生気を奪われでもしたのか、その片鱗もなく、精神を病んでいた。

 

「姫は、生き返りますか」

 

付き合う男をもう少し選んでいれば、こんな結末にはならなかったろうに。同情を込め、軽く撫でた髪からは、ほのかにりんごの香りがした。

今 このひとときが 遠い夢のように

僕のおもちゃ。
賢くないけど従順で、束縛は嫌がるけど束縛したがる。
座りすぎてスプリングのきかないソファに遠慮がちに転がっている。
初心を気取って俯いた顔から表情は読み取れないが、どうせ大したことを考えてはいまい。

雛のような甲高い声は偽りで、僕の興味をひきそうなことを足らない頭で考えている。
共感ばかりする面白みのない女。
どこで覚えたのかすごいとさすがと優しいねの連続で飽き飽きしてくる。
世間知らずで語彙も知識も経験もない。
愛嬌がいいのだけが救いで、そうでもなけりゃすぐにおさらばするだろう。

脳みそには甘いミルクティーかカルーアミルクかが詰まっているらしく、喋るとちゃぷちゃぷ下品な音が漏れ聞こえるようだ。
知性のかけらもない代わりになけなしの成長成分は胸にいったらしい。
犬かねこ。すぐ泣くところを含めると犬のほうが近いかもしれない。

思い始めると幻影でしっぽが見える。
僕が近寄ればあからさまに表情を変えしっぽを振る。
庇護欲を醸しだすことで生き抜いていく哀れな人生。
若くなくなれば、あとは勘違いを繰り返したまま悲惨な末路を辿ることだろう。

飼い殺して、飽きれば見捨ててやればいい。
最後まで面倒を見る気はない。
捨てられそうな気配を察知するのは長けているのか、敏感に僕の表情を伺っては、お愛想を言ってくる。
僕への興味ではなく、僕のステータスへの興味のためだけに、献身を繰り返す。
内面への興味だとお前は誤魔化しているけれど、取り繕ったような、貼り付けたような笑顔では全く繕いきれていない。

僕にふさわしいのは、教養のある上品で美しく慎ましやかな大和撫子
僕ほどの経済力と知性があれば、決して高望みなどではないし、生涯のベストパートナーとなるのだから、熟慮に熟慮を重ねなければならない。

「ずっと一緒にいようね」

睦言は枕元だけ。
今このひとときが遠い夢のように。

硝子のうさぎ

辺りは風が吹きすさんで、もう夏だというのに肌寒かった。
だけど、ポケットから取り出したチョコは半分溶けかけていて、生温い甘さを水で流し込んだ。
飲み慣れないコーヒーでも飲めばいいのかと思ったけれど、あいにく周囲には居酒屋ばかりが目について、一人で立ち寄れそうなところはない。
携帯に表示される既読が僕の胸を締め付けてやまないのに、それを訴える相手もいない。
風の音だけが執拗に僕の聴覚を刺激し、あてもない散歩を引き延ばさせる。

「おーい」
「さみしい」
「忙しいの」

どれも送れない。度胸がなく寂しさを飲み込んでしまう。
お腹いっぱいに寂しさを詰め込んで、もろくて今にも割れてしまいそうな心をぎゅっと温める。
僕にしか僕を慰めることはできない。

「まぁいっか」

声に出すことで、風が凪ぐ。
一瞬の安心を不安に駆られるたびに掘り返す。
自分で温めてもすぐに冷たくなってしまう。いつもすぐに冷たくなる。
暖かくしすぎると溶けてしまうから、溶けると僕が僕でなくなってしまうから、溶けないくらいのほうがいい。

もしも僕を愛してくれるなら、言葉をくれるなら、僕に好きと言ってほしい。
態度でも愛を示してほしい。僕を抱きしめて、見つめてほしい。
分からないのは嫌だ。本当に僕を愛してくれているのか疑うのも。

今すぐ、僕を見て。
今じゃないとだめ。
重たいなんて言葉、誰が流行らせたの。
遠慮してたのに、ふとしたときに溢れ出してきては僕を戸惑わせる、気持ち悪い気持ち。

君から返事が来ないから、僕は家に帰れない。
嫌いになるなら好きにならないうちにしてほしかった。
嫌いになったのなら言葉で言ってくれればいい。言われたら泣くけれど、言わずに真綿でやさしく絞め殺さないで。

ダイヤルを押しかけては、やめて、また押しかけて、やめる。
僕を探して、僕のことを考えて。1日のうち半分くらいは、僕が君のこと考えるのと同じくらいには、考えて。

たくさん思ったお願いは、言えないから、伝わらない。
もしかしたら返事が来るかもしれないから。そしたら徒労で済むから。

僕は硝子のうさぎちゃん。
ショーケースに入れて飾って。
ひび割れないように、寂しさで凍えないように、やさしくしてね。
そしたらずっと傍にいてあげる。
君のことずっと、見ていてあげる。

まどろみ

ご飯の炊けるいい匂いと、焼きたての玉子焼きにみそ汁とが並べられる音がする。朝食のような、夕食の香りが定番となりつつある。時々みそ汁が豚汁になる日もあるが、どうしてだか、大幅なメニュー改定は今のところない。僕も理由を聞けばいいのだろうけど、他に話すことはいくらでもあるし、まぁいっか、とつい保留にしてしまう。
膨らみすぎたポケットを探り、鍵を探す。手の届く範囲で完結させたい気持ちが強くて、何でも入れてしまう。道中形が気に入って拾ってしまった石も、書類をとめてあった輪ゴムも、用事が済んで丸めたふせんもある。洗濯するからと、取り出されていく物たちを眺めるときは、1日の僕の動きを隅々まで取り調べられている気持ちになる。それは恥ずかしいでもうっとうしいでもない、くすぐったいのを我慢しているようなもどかしさがある。
あたたかい声と、やわらかな表情とで、僕はふわりとまどろむ。それまで地面を踏みしめていたはずの両足は途端に雲の上を歩いているようにおぼつかなく、頼りなくなる。ぐにゃり、へにゃりと力なく笑う僕を見て、君は力いっぱいの抱擁と精一杯の背伸びをして頭を撫でてくれる。
いただきますのあとは、おいしいとありがとうとごちそうさまとすきとおやすみ。多くの言葉は言えなくて、代わりにありがとうとすきばかり言っている。何回目かのすきのあとに、体が軽くなっていって、君の手のぬくもりを感じたまま寝てしまう。君の手には常にカイロが仕込まれているのか、いつでもぽかぽかと僕の身も心も暖めてくれる。
今日は特に疲れてしまったと思う日も、今日はそうでもなかったからたくさん君と話をしようと思った日も、僕は結局うまく話すことができないまま、眠りについてしまう。

「我が家のねむり王子」

親しみを込めてなのか、揶揄を込めてなのかあるいはそのどちらもか、君は僕をそう呼ぶ。きっと僕が感じるすべての君に、僕へ多大な影響を及ぼすねむり薬が入っているんだ。そうでもしなけりゃこんなに幸せで楽しくて素晴らしいのに眠いだなんて、そんなことあり得ない。
こうして考えている間にも、君の顔がゆがんでいく。ほら、今日が終わってしまうその前に、もう一度ぎゅっと抱きしめて。そして夢の中でまた会おうね。

「おやすみ」

『駈込み訴え』考

太宰治『駈込み訴え』感想
ネタバレ有り











ユダは裏切った。
これはキリスト史を語るに外せぬ周知の事実である。
ではなぜ裏切ったのか。
太宰は辻褄の合う推論を創りあげた。

『駈込み訴え!』では、彼は最初、「ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい。」とキリストを訴えている。
嘲弄やこき使われのため、怒りがあり、殺意が裏切りへとつながったのか。

ありえん話ではない。光り輝く人がいる一方で、縁の下で支えている目立たぬ役者は存在する。影に光が指すことなど滅多にない。また彼らはだいたいにして、理不尽な行いに対し耐えに耐え、一気に不満を爆発させることが多い。

彼は、キリストを美しいという。
年齢もさして変わらぬ、特別なところもない。ただ美しさだけを信じているという。
キリストへの信仰ではなく並々ならぬ好意を向けているにも関わらず、自身への優しさ、労りに繋がらないことへの逆恨みゆえの裏切りか。
彼はまた「私があの人を殺してあげる」「私も一緒に死ぬ」という。

言葉を乱暴にすれば、ヤンデレじゃん、である。ヤンデレとは言葉がすぎるか。では、視野が狭く、己の世界で創りあげたキリスト像が全てで、私のことちっともわかってくれないと恨み、殺したらきっと私と一生一緒ね! 状態ではないか。

その想像を裏付けるかのごとく、キリストは惚れている女がいる、とまるで嫉妬する女のような記述が続く。
一方、その女に惚れていた自分にも言及している。

ただ、そんな薄っぺらいありきたりな展開では済まない。
つくづく、読者を引き込む手法に長けていると感服させられる。
自身が訴えを聞いているような錯覚に陥る。

史実の言葉を引用し、裏切りの引き金を引いたのがキリストの発言、行動からであると説を導き出した。

もし、あの最後の晩餐がなければ、ユダは裏切らなかっただろうか。
感情の揺れがちょうど重なり、改心を経て再度裏切りに動く、涙ながらに訴え出るユダに、僕は感情移入をしてしまう。

嫉妬でもない。怒りでもない。
ただ、純粋な愛を貫いた者の末路。
愛する者の最期を、愛する故に最善を尽くし行動した、強い気持ち。
その愛の尊さと、清さをわかるものは、自身しかいない。
自身には後世まで汚点しか残らぬとしても、それでも師を選んだ。
さらに、自身を卑しめ、貶め、道化になりきるさまは、「不機嫌な顔、寂しい顔」を見せ、師からの愛に餓え、素直に愛を伝えられなかった不器用なユダ像を確立させている。

このまま斜陽するくらいなら、いっそ息の根を止めて、ひとおもいに楽にさせてくれ。できればそれは、俺を愛すゆえの純粋な行為であってほしい。

作家として不特定多数の師へとなりかけていた、あるいは既になっていた太宰の心の叫びとも通じるような気がしてしまう。
飛躍しすぎた読みは、もはや太宰の術中にはまってしまったとしか言いようがない。

『河童』考

芥川龍之介 『河童』感想

ネタバレ含むので注意








河童は、人間より繊細で賢く出来ている。これは、芥川が神経をすり減らす中で、自身と河童を重ねてみていたのではないだろうか。

人間的感覚にいたはずの主人公は、河童の世界に迷い込んだことで河童と密接になりすぎる。生活のための小説、家族の扶養のための小説が河童で、とうとう虚構であるはずの小説に入り込みすぎて、人間に懐疑的になる。

死の描写も様々である。
絞め殺さずとも罪状を言うだけで死ねるはずの繊細さがありながら、ピストル自殺をする河童、生まれてくる前に死を選ぶ河童、女に追いかけられ参って寝込み死ぬ河童、そして、有無を言わさずガスを吸わされ集団屠殺される低級河童。
死に取り憑かれていたことを裏付けているような気がする。あるいは死に方を探っていたとも捉えられる。

個人的に、滑稽と真面目とが正反対だという世界観で、河童は死を悼まないと思ったが、ピストル自殺した夫を悲しむ妻河童がいるので、ちょっと矛盾にも思う。描写されていないだけで実は泣きながら次の伴侶を舌なめずりしながらさがしていたのかもしれない。月日のほどは分からないが再婚してるし。

そうではないとすると人間よりもより、感傷的で、主人公を見舞いにきているようだし、(最もこれは、主人公の人間的感覚「河童に会いたい、河童も会いに来てくれるはずだ」からきた思い込みかもしれないから、真偽不明だが)河童間で妬む、嫌う気持ちもあるようだしかなり人間的だ。
と、重ねているあたり、僕自身が人間的感覚でいるので同じものさしで図ろうとするおかしさが感じられる。

死と同じく憂鬱もまた描写が多い。
それぞれ特性を持つ河童たち皆がどこかで憂鬱を抱えている。
顔の美醜、配偶者、才能、他者からの評価。河童という形で描かれながらも、どこかで自分の何かと照らし合わせざるを得ない。書きながら、自己と照らしあわせ人知れず自分自身と戦っていたのだろかと、思ってしまう。

暗い話だけではなく、面白い創作としての見方もある。
河童の色がカメレオン風だとか、カワウソと戦うだとか、物をお腹のポッケにしまうだとか、河童に耳はないだとか、なんともかわいらしい発想だ。
あまり突飛な発想で書かれた芥川作品を、僕が知らないだけか忘れただけなのか、この作品以外に知らない。もしかすると、突飛な発想で書く足がかりに実験的に混ぜ込んでみたのだろうか。

長々と書いてしまったが、そんなことを考えた。
正しいかどうかの裏付けや検証はないので、どうか鵜呑みにせず、読んで自身の思いの丈を思うままに書くなり描くなりしてほしい。

最後の方に、唐突に詩が出てくる。
これこそ芥川がつかみとってほしかった、メッセージなのではないかと考えた。下記は個人の解釈である。

神や信仰など確かなものは何もない。貧しくとも休み、生活をするだけだ。(結局人間でいる以上、生活は普遍に続く。生活を辞めたければ気を狂わせるか、死を選ぶ他ない)