朝焼けに檸檬

アラサー。創作をしています。不定期更新です

水中花籠

水泡が消えた。それですべてだった。 涼しげな目元をしていた。音もなく笑う人だった。昼飯は欠かさず汁物を買う人で、箸をつけるのは汁物からという自己の流儀があった。箸が必要以上に汚れないための食べ方らしかった。背筋をピンと伸ばして食べる姿も、歩…

僕のメリさん

午前7時21分、いつもの電車に乗り込めば、物憂げな表情のあの人と出会う。片手にはカバーのかけられた文庫本。 世界中のどこを探しても彼女ほど文庫本の似合う人はいないと思う。彼女の、その少し日に焼けた健康的な肌には、クラフト紙のカバーがよく馴染ん…

取扱説明書

初めまして。こんな僕を手に取ってくれてありがとうございます。これから僕のことについて書くことにします。 好きな食べ物は魚と鳥です。それと、甘いもの。昔はテリヤキバーガーを好んでましたが、ファストフードは最近あまり受け付けなくなりました。 果…

りんご姫

気がつくと首を絞めていた。真っ赤な頰に、長い睫毛をした君の。 「最近楽しいことがないの」 そうだね、と同調した僕は、君と繁華街に繰り出した。きらめくネオンサインを登り、扉を開けた。 君は一本調子で、ほとんど感情らしい感情を確認できなかった。僕…

今 このひとときが 遠い夢のように

僕のおもちゃ。 賢くないけど従順で、束縛は嫌がるけど束縛したがる。 座りすぎてスプリングのきかないソファに遠慮がちに転がっている。 初心を気取って俯いた顔から表情は読み取れないが、どうせ大したことを考えてはいまい。雛のような甲高い声は偽りで、…

硝子のうさぎ

辺りは風が吹きすさんで、もう夏だというのに肌寒かった。 だけど、ポケットから取り出したチョコは半分溶けかけていて、生温い甘さを水で流し込んだ。 飲み慣れないコーヒーでも飲めばいいのかと思ったけれど、あいにく周囲には居酒屋ばかりが目について、…

まどろみ

ご飯の炊けるいい匂いと、焼きたての玉子焼きにみそ汁とが並べられる音がする。朝食のような、夕食の香りが定番となりつつある。時々みそ汁が豚汁になる日もあるが、どうしてだか、大幅なメニュー改定は今のところない。僕も理由を聞けばいいのだろうけど、…

『駈込み訴え』考

太宰治『駈込み訴え』感想 ネタバレ有り ユダは裏切った。 これはキリスト史を語るに外せぬ周知の事実である。 ではなぜ裏切ったのか。 太宰は辻褄の合う推論を創りあげた。『駈込み訴え!』では、彼は最初、「ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい。」と…

『河童』考

芥川龍之介 『河童』感想ネタバレ含むので注意 河童は、人間より繊細で賢く出来ている。これは、芥川が神経をすり減らす中で、自身と河童を重ねてみていたのではないだろうか。人間的感覚にいたはずの主人公は、河童の世界に迷い込んだことで河童と密接にな…

『二銭銅貨』考

江戸川乱歩『二銭銅貨』感想。 ネタバレ含む。 まず、当時の暮らしや情景を想像させる描写がいい。泥棒が紳士だという設定、また紙を隠すなら紙、といった口上も腑に落ちやすい。人を不快にさせない泥棒が出てくる話は当時大衆小説と親しまれたことにも頷け…

籠の中の鳥

あなたが可愛いねとほめたくださったから、私ずっと髪を長くしているのです。 私は長い間あなたの幻影に囚われていて、今も逃れられません。ありきたりの、どこにでもありそうなお話でしょうか。私だけの独創性、どこから引き出せば良いのでしょう。たとえば…

生きてる生きてく

どうしてかな。 どうして自分だけなんだろう。 一度でもいい。思ったことはないかな。友だちとあそんでいて、ブランコをおしてもらうじゅんばんがこないまま、帰る時間になってしまった。 みんなでうんどう場にいたはずなのに、いつのまにかひとりぼっちにな…

GAME

空気を変えたのは隣の子だった。 話したことはない。 私は別の子と仲良くしてたし、グループも違っていた。 何だったら名前もあいまいだ。堂々と自分がしたと宣言した子がいたから、悪い子が決まった。 先生は誰かのせいにしたがっていたから、ちょうどよか…

愛は風のように

今日という日が訪れたことを、祝福のようにも、呪詛のようにも思います。あなたが生まれた今日、あなたに似た人に会いました。 寸分も違わずあなたでした。 もちろんそんなはずはありません。 あなたがどんな顔をしていたかも、おぼろげに違いありません。し…

on and on

覚えたての、たどたどしい英会話が研究室で反響した。 研究予算が優先され手が回らないのか、あちこちが老朽化している。 ここで地震なんてめったに起きないだろうけど、この耐久性では真っ先に崩れ落ちるかもしれない。 異国というだけで、それでもきらびや…

Running Through The Dark

期日というものが憎らしい。 そもそもこれは、僕の仕事ではない。 先輩からのご指導、悪く言えばていよく押し付けられた残務だ。残業禁止措置でいち早く強制シャットダウンのかかったパソコンに映っていたのは、悲愴な男の顔だった。 僕はこんなに老けていた…

moon

1年前の9月15日でした。 あいにくその日は曇っていて、僕は遠くへ出かける予定をやめて、近くのスーパーへ買い物に行きました。 いつも聞くテーマ曲らしいものを聞き流し、何気なく並んだレジに、君がいました。目も鼻も口も耳も、全部僕の思い描く理想の場…

みつめていたい

女々しい兄と、昔からよく比較されてきた。 私はガサツで、大ざっぱで、男みたいな性格だと。 料理だって大味だし、取皿なしに茶碗の上に何でも乗っけるし、あぐらもかく。 豪快に笑うし、いつまでもうじうじと考え込まない。そんな私が、考え込んでいる。 …

少年

前何も考えんでも食えてたもんが、食えへんくなった。 部活で言うたら、俺もオレもって話になって、みんな同じなんやってなった。豆とか、よー分からんもん炊いたんとか出されたら腹立って、食わへん。 やりたいことはやる気出るけど、それも、やろと思てる…

言い出せなくて…

「練習したんで」最近切ったという、前までよりもかなり短く切りそろえられた髪が、風で少し揺れた。 前髪を真っ直ぐに眉毛より上で切るのが、流行っているらしい。 そう言われれば確かに、テレビでも電車でも、そういう子をよく見る気がする。クーラーをき…

家族になろうよ

誰に何を言われても、変えられなかった。 10以上も下の恋人。 私は30、相手は大学生だった。 周りの視線は痛くて、遊ばれているだけと何度も繰り返し諭された。最初は相手にしてなかった。 お酒をたくさん飲むし、私の知らない遊びを楽しんでいたし、共通の…

桜坂

最初に交わした言葉はなんだっけ。 君がおかしそうに、たくさん笑っていたことは覚えている。 僕はいつも道化役で、必死になって面白い人、おかしい人になりきった。 どちらかというと、輪の中心にいた気がする。君は友だちと眺めながら、顔を見合わせ、笑っ…

僕は咄嗟に嘘をついた

リクネタ。 乃木坂46「僕は咄嗟に嘘をついた」の歌詞から創作。 「好きだ!ぼ、僕と付き合ってください」当時流行っていた少年漫画の真似をして、それは、校庭の鉄棒で行われた。 告白の相手が知っていたかどうかわからない。 僕はとにかく、告白がしたかっ…

かぶ草子

リクネタ「御簾にこもる殿方」その2男は真名扱えてこそ一人前。 貴族の長男として育てられたため、礼儀作法と教養は否が応でも身に付いた。 代々殿上人で上の中の部類。暮らし向きも悪くない。 11歳で元服を済ませ、父と同じ役職を与えられるはずだった。あ…

貝のめぐり合わせ

リクネタ「御簾にこもる殿方」その1 日がな御簾に篭もるわれのことを、人は御簾の君などと茶化しているらしい。 遊びや茶会には興味がない上に、のし上がる気もない。 上流でない貴族の、私生活に味がある方がおかしいのだ。仕事が終わると家に戻り、我が家…

まぼろし

人をひどく信用するし、全く信じない。 勘は鋭く落ち込みやすい。 占い師らしからぬ占い師の言うことを話半分に聞き流していた。 そう言われればそうな気もするし、違う気もする。 だいたい、生年月日で僕のことが手に取るようにわかるのが胡散臭い。 信じれ…

Gang★

すすけていて、先など見えない。 紫や赤などの薄暗い照明と、煙。 今日ここに来ているのは、目にくまをこしらえ生気のない痩せぎすの男と、好色さを顔面に滲み出させた脂ぎった男。 そして、口元にだけ微笑を浮かべた憎々しいほどに脂肪を蓄えた女。 ああい…

お題小説 花火

きりこ細工を施したパラシュートのできそこないのような薄暗い照明の中に、僕はいた。 近くに高層ビルがあるおかげで、外にいたとき浴びた日光はほとんど入らない。 こうもりが夕暮れかと勘違いをして飛ぶくらい、ここはいつも薄暗い。 何本目かの煙草を消し…

何度でも花が咲くように私を生きよう

名前を呼ばれ、扉を叩く瞬間私の脳裏をよぎるのはいつだって、あの扉。 あれは、15年前。 私は母のあつらえた洋服に身を包んでいた。 被服科を出た彼女は布地を買ってきては、私を着せ替えた。 市販品ではないそれが私だけの特別なもののような気がして、嬉…

明日のSHOW

緩やかな脱力ののち、吐息が溢れる。 力を抜く心地良さは、味わった者にしか分からない。 噴き出る汗を持参した柔らかなタオルで拭き取り、お茶で喉を潤す。 仕事帰りの疲れた身体に鞭打ち、ジム通いを始めている。 同年代くらいがいれば、若い大学生くらい…