創作再開しました。不定期更新です

1次創作

全部、嘘。

静謐の中に異物が混入する。整えた自我がかき乱されるように。 まだ朝日の昇らない時間帯に聞こえるバイク音。規則的な寝息。鼻腔をくすぐるのは蜂蜜のように甘い香り。 打刻音が平静を彩りつつ、日常へと回帰させる。他に何の音もしない静かな時間。僕の僕…

月を煮る。

なおしほし。尚志視点 年に何回もあるスーパームーンに、僕はときめく。見ろよ、綺麗だろ、大きいだろ。そうやって語りかけてくるみたいだから。 「そろそろ寝なさい」 形式通り22時半に消される部屋の明かり。いい子の返事をしてからしばらくして、僕はベッ…

tip tap tap

顔を洗い、タオルで水気を拭き取る自分の顔と、目があった。クマがひどく、くたびれた顔だ。少し寝るのが遅くなっただけで、随分調子が悪くなる。30歳という年齢を嫌でも意識するし、30歳以降も坂道を下るようにやってくるのだ、という誰かに言われた言葉を…

雨降りには紫陽花を添えて

学校帰り、何でもない会話をしながら、6月11日17時5分というこの時間を忘れないでおこうと思った。片付けとか面倒なことは嫌がってしない私が、写真の共有サイトや地域の噂話コミュニティや、本当か嘘かわからないものまで頼って調べて、やっと場所を決めた…

なおしほし

お題箱から。 貝殻を集めるのが好きな男の子と星を集めたいと言う男の子のちょっと不思議な話 貝から音がすると言う。波の音じゃなくて、砂のこぼれる音でもない。僕の聞き間違いでも、おぼえ間違いでもなければ確かにこう言った。 「星の音がするんだ」 星…

或る女

これが最後だからと渡された茶封筒には、皺だらけの一万円札が入っていた。額はいつも通りながら、本当にこれが最後と念を押されたことに顔をしかめ、礼もそこそこに立ち去りながら、女は金の使い道を考えて歩く。馴染みの居酒屋で溶かすもひとつ、上等の鞄…

君と僕とのかくれんぼ。

三日月でなくてもクロワッサンというパンを食べ、朝が始まる。大枚をはたいて買ったコーヒーメーカーは、今日も機嫌よく動いていた。天気はくもり。占いは6位。ラッキーカラーは紫。遠い、遠すぎて親近感のわかないグルメ情報を聞きながら、男は予定を思い返…

60通目の真実

本日こうして書面を差し上げたのは他に理由がないことを、明晰な貴方ならお分かりでしょう。そうです。私のことについてに決まっております。貴方が必要以上に詮索なさるものですから、つい余計なことまで口走ってしまいそうになるのを、必死に抑えて耐え忍…

熱帯魚

「コノコハモウダメネ」 ガラス越しに歪んだ、無機質な口の動き。気まぐれに変えられる水と、同じように飼い主の気分で供給されるエサと、人工の空気とで生かされている。こうも他人に人生を委ねる他ない生物になるとは、思いもよらなかった。信仰深くなかっ…

その笑顔が見たい

息をつく間もなく、次の仕事に取りかかる。古くさいハンコ至上主義にのっとった書類の束は減ることなく、気分と反比例に、山は登りがいのありそうな高さへと日々記録を更新している。この調子で進めると、残業時間の更新も行えそうだ。 そう言いながらも、好…

豆乳生活

やめてみた。たくさんのことをやめてみた。 まず、服にこだわることをやめてみた。毎日似たような無地のものを繰り返し着ている。古くなればまた似たようなのを買えばいい。考えなくていいから便利になった。 次に、体に悪そうなものを食べるのをやめたみた…

路地裏の木漏れ日

「それ、絶対伝わってないよ。いいの」 絶対のぜがずぇに聞こえるくらい目一杯引き伸ばされて、それがおかしく笑ってしまう。僕のことを思っているという彼女の身勝手な慈善によって、僕は話せば話すほど悲劇の役者になっていく。 もし僕が泣いて喚いていた…

水中花籠

水泡が消えた。それですべてだった。 涼しげな目元をしていた。音もなく笑う人だった。昼飯は欠かさず汁物を買う人で、箸をつけるのは汁物からという自己の流儀があった。箸が必要以上に汚れないための食べ方らしかった。背筋をピンと伸ばして食べる姿も、歩…

僕のメリさん

午前7時21分、いつもの電車に乗り込めば、物憂げな表情のあの人と出会う。片手にはカバーのかけられた文庫本。 世界中のどこを探しても彼女ほど文庫本の似合う人はいないと思う。彼女の、その少し日に焼けた健康的な肌には、クラフト紙のカバーがよく馴染ん…

りんご姫

気がつくと首を絞めていた。真っ赤な頰に、長い睫毛をした君の。 「最近楽しいことがないの」 そうだね、と同調した僕は、君と繁華街に繰り出した。きらめくネオンサインを登り、扉を開けた。 君は一本調子で、ほとんど感情らしい感情を確認できなかった。僕…

今 このひとときが 遠い夢のように

僕のおもちゃ。 賢くないけど従順で、束縛は嫌がるけど束縛したがる。 座りすぎてスプリングのきかないソファに遠慮がちに転がっている。 初心を気取って俯いた顔から表情は読み取れないが、どうせ大したことを考えてはいまい。雛のような甲高い声は偽りで、…

硝子のうさぎ

辺りは風が吹きすさんで、もう夏だというのに肌寒かった。 だけど、ポケットから取り出したチョコは半分溶けかけていて、生温い甘さを水で流し込んだ。 飲み慣れないコーヒーでも飲めばいいのかと思ったけれど、あいにく周囲には居酒屋ばかりが目について、…

まどろみ

ご飯の炊けるいい匂いと、焼きたての玉子焼きにみそ汁とが並べられる音がする。朝食のような、夕食の香りが定番となりつつある。時々みそ汁が豚汁になる日もあるが、どうしてだか、大幅なメニュー改定は今のところない。僕も理由を聞けばいいのだろうけど、…

『河童』考

芥川龍之介 『河童』感想ネタバレ含むので注意 河童は、人間より繊細で賢く出来ている。これは、芥川が神経をすり減らす中で、自身と河童を重ねてみていたのではないだろうか。人間的感覚にいたはずの主人公は、河童の世界に迷い込んだことで河童と密接にな…

籠の中の鳥

あなたが可愛いねとほめたくださったから、私ずっと髪を長くしているのです。 私は長い間あなたの幻影に囚われていて、今も逃れられません。ありきたりの、どこにでもありそうなお話でしょうか。私だけの独創性、どこから引き出せば良いのでしょう。たとえば…

生きてる生きてく

どうしてかな。 どうして自分だけなんだろう。 一度でもいい。思ったことはないかな。友だちとあそんでいて、ブランコをおしてもらうじゅんばんがこないまま、帰る時間になってしまった。 みんなでうんどう場にいたはずなのに、いつのまにかひとりぼっちにな…

GAME

空気を変えたのは隣の子だった。 話したことはない。 私は別の子と仲良くしてたし、グループも違っていた。 何だったら名前もあいまいだ。堂々と自分がしたと宣言した子がいたから、悪い子が決まった。 先生は誰かのせいにしたがっていたから、ちょうどよか…

愛は風のように

今日という日が訪れたことを、祝福のようにも、呪詛のようにも思います。あなたが生まれた今日、あなたに似た人に会いました。 寸分も違わずあなたでした。 もちろんそんなはずはありません。 あなたがどんな顔をしていたかも、おぼろげに違いありません。し…

on and on

覚えたての、たどたどしい英会話が研究室で反響した。 研究予算が優先され手が回らないのか、あちこちが老朽化している。 ここで地震なんてめったに起きないだろうけど、この耐久性では真っ先に崩れ落ちるかもしれない。 異国というだけで、それでもきらびや…

Running Through The Dark

期日というものが憎らしい。 そもそもこれは、僕の仕事ではない。 先輩からのご指導、悪く言えばていよく押し付けられた残務だ。残業禁止措置でいち早く強制シャットダウンのかかったパソコンに映っていたのは、悲愴な男の顔だった。 僕はこんなに老けていた…

moon

1年前の9月15日でした。 あいにくその日は曇っていて、僕は遠くへ出かける予定をやめて、近くのスーパーへ買い物に行きました。 いつも聞くテーマ曲らしいものを聞き流し、何気なく並んだレジに、君がいました。目も鼻も口も耳も、全部僕の思い描く理想の場…

みつめていたい

女々しい兄と、昔からよく比較されてきた。 私はガサツで、大ざっぱで、男みたいな性格だと。 料理だって大味だし、取皿なしに茶碗の上に何でも乗っけるし、あぐらもかく。 豪快に笑うし、いつまでもうじうじと考え込まない。そんな私が、考え込んでいる。 …

少年

前何も考えんでも食えてたもんが、食えへんくなった。 部活で言うたら、俺もオレもって話になって、みんな同じなんやってなった。豆とか、よー分からんもん炊いたんとか出されたら腹立って、食わへん。 やりたいことはやる気出るけど、それも、やろと思てる…

言い出せなくて…

「練習したんで」最近切ったという、前までよりもかなり短く切りそろえられた髪が、風で少し揺れた。 前髪を真っ直ぐに眉毛より上で切るのが、流行っているらしい。 そう言われれば確かに、テレビでも電車でも、そういう子をよく見る気がする。クーラーをき…

家族になろうよ

誰に何を言われても、変えられなかった。 10以上も下の恋人。 私は30、相手は大学生だった。 周りの視線は痛くて、遊ばれているだけと何度も繰り返し諭された。最初は相手にしてなかった。 お酒をたくさん飲むし、私の知らない遊びを楽しんでいたし、共通の…