創作再開しました。不定期更新です

クスノキ

歯ごたえのない、柔らかなそれは、僕の喉を滑るように通り過ぎた。
記念だからと、大皿に上品に盛り付けられた料理が出てくる。
カタカナで綴られた物珍しいものたち。
美味しいものに歯ごたえはない。
美味しいものに素材の味はあまりない。
美味しいものへの、偏見だろうか。
魚も野菜も肉も、美味しい。
美味しいものになると、甘辛かったり、
煮込まれたり、元が分からなくなる。
僕は馬鹿だ。
1人5000円もかかると、妙な汗と説明しきれない緊張で、脳みそまで脈拍を打つ。
何とか、というものが、また僕の喉を通り過ぎる。
何とかの味を噛みしめる。目で見ても美しい。食べても素晴らしい。
「美味しいね」
「うん」
美味しいものに、言葉はいらない。
贅沢に罪悪感はいらない。
それでも僕は馬鹿だから、つまらぬものに囚われる。
食レポできるんじゃないか、というくらい幸せな顔で食べる真向かいの人は、一口ひとくちを同じように噛みしめながら、ほう、とため息をついた。
くもりなく、まっすぐに僕を見つめ、魅力的な笑顔を見せる。
にんじんのソテーされたのは苦手なんだろう。柔らかなお肉より、付け合わせのタレの味が気に入ったらしい。
君の顔は百面相。
わかりやすい表情で、僕には君のこと、なんでもお見通し。
当てると君が心底驚くから、もっと君を見てしまう。君の思うつぼ。
「北京ダックって、鳥肉みたいで美味しかったね」
帰り際につぶやく君。
君にかかれば何でも特別になる。
君が言えば何でも的を射る。
土にしっかりと足を根ざし、僕を捕らえて離さない。
君は、今日も明日も変わらない。
僕の源。僕の大地。そう、
クスノキ。