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追憶の雨の中

アラサー。創作をしています。不定期更新です

桜坂

最初に交わした言葉はなんだっけ。
君がおかしそうに、たくさん笑っていたことは覚えている。
僕はいつも道化役で、必死になって面白い人、おかしい人になりきった。
どちらかというと、輪の中心にいた気がする。

君は友だちと眺めながら、顔を見合わせ、笑ってくれた。
君が笑うと頬がうっすら染まり、いっそう魅力的に見えた。

振り返れば二人で話したことなんてほとんどない。
遊んだときに付いてくる人。
お互いがそう思っていたはずだ。
頻繁に集まるグループで、君をよく思った奴から聞かれたもんだ。

「ねぇ、あの子って彼氏いる?」

聞いてくる奴ら全員が、ほとんど一緒にいる僕のことは彼氏と思わなくて、そう思うのに無理はないほど僕らに接点はなかった。

ろくに話したこともないくせに、僕は気づけば君を目で追っていた。
君が髪を切ったときも真っ先に気づいたし、口紅をピンク色に変えたときは赤よりも似合っていると言いたかった。
誕生日も忘れたフリをしたが、忘れたことがない。
君が何気なく言っただろう、過去の話も、今も覚えている。

「家では暗いんでしょ」

どの程度本気で言ったんだろう。

「おっ。わかっちゃう系か。マジそーなんよー。チョーネクラっつーか、どよよーん的なねっ」

いつもの調子で流せただろうか。
見ぬかれたことより嬉しさが勝って、前よりずっと君を知りたくなった。
朝起きて横に君の顔があればと、未来を想像した日もある。

手を繋いだらどんな感触だろう。
髪を撫でたらどんな顔をするのかな。
二人向かい合って座ったら、どんな話をしよう。
君に似合う、服も見に行こう。

精一杯の勇気を振り絞って、冗談ぽく言った言葉は本気だった。
君は本気で言ってくれたのか、冗談として言ったのか。
真意を確かめる度胸が僕にはなかった。
その日から僕の歩む道はずっと下降し続けている。
やがて馴染みのいない見知らぬ街で働くことになり、君はまだあの街にいる。

知らぬ間に僕の横にいた奴と付き合い、式を挙げたらしい。
式には、行かなかった。
どんな理由にしたか忘れるくらい、情けないことを言って。

君は今も心を惹きつけてやまない。
思い出すたび、降り続けている坂道に、儚い記憶の花が咲く。
薄紅色に包まれた、見渡す限りの絶景。

桜坂。