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追憶の雨の中

アラサー。創作をしています。不定期更新です

家族になろうよ

誰に何を言われても、変えられなかった。
10以上も下の恋人。
私は30、相手は大学生だった。
周りの視線は痛くて、遊ばれているだけと何度も繰り返し諭された。

最初は相手にしてなかった。
お酒をたくさん飲むし、私の知らない遊びを楽しんでいたし、共通の友人が誘った飲み会にいたときも、ほとんど話さなかった。

向こうから連絡が来たときは驚いたという言葉で言い表せないくらいで、怪しげなビジネスの勧誘を疑った。
恋愛での失敗も駆け引きも、この歳になると一通りし尽くしていて、だから彼から見た私はどこかしたたかだったかもしれない。

そんなしたたかさが、彼には新鮮だったんだろうか。
いや、彼は年齢の割に遊んでいただろうから、そんな小手先の技術、意味がなかったのかもしれない。
定番の喜ばれそうなところを抑えて喜んでいたから、おそらく単純なんだろうけど。

もちろん喧嘩はたくさんした。
ちょっとのどが渇いたと入ったのがファストフード店で呆れ、帰ると踵を返した日もあった。
帰る意味が分からないと怒られ、世代差なのか環境の差なのかを感じた。

親に紹介する日も服装から手土産まで指定し、随分と揉めた。
逆に紹介されたときは急なタイミングで、手土産を用意する暇すらなく、恥をかかされ彼を怒鳴った。

ドライブ中に俺んちこの辺なんだよね、と寄られたら、世の女性の誰もが怒り狂うと思う。
おまけに運悪く食事時で、気を遣われてしまった。
お詫びに伺ったときは息子の失態を逆に謝罪され、申し訳ない気持ちになった。

思い出すとまた腹が立ってきた。
そんな大喧嘩してまでなぜ別れなかったのかと聞かれると、透けて見える30歳という年齢の壁のような気もするし、半ば意地のようなものもあった気がする。
何より、私の親が彼を見て戸惑いながらも、きちんと就職先があることを知ると喜んで承諾してくれたことが背中を押してくれた。

付き合って月日が経つごとに、いつの間にか私が彼に夢中になっていた。
墓前で祖父母に報告をしたときには、滅多に見せない真剣な顔で、手を合わせてくれた。

「こういう昔ながらのはかっちりしなきゃだめでしょ」

と言った彼が、スーツにスニーカーで現れ、苦笑しながらも愛しいと思った。
彼の底抜けの明るさに、何度も救われた。

いつか生まれた子どもが大人になっても、私たちは手を繋いで街を歩ける気がする。
その頃私はおばあちゃんで彼はおじさんで、そのうち杖をついていても、目が悪くなっても、やがて歩けなくなっても、笑っていられる。

使い古されていて、ありきたりな言葉だけど、私はとても幸せ。
これからもずっと、彼がいるだけで。

今も言われた一字一句残らず、きっちり再生できる。
色鮮やかなプロポーズの言葉。
まず最初はこう。

家族になろうよ


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奥様ご懐妊報告記念。
おめでとうございます。