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追憶の雨の中

アラサー。創作をしています。不定期更新です

言い出せなくて…

「練習したんで」

最近切ったという、前までよりもかなり短く切りそろえられた髪が、風で少し揺れた。
前髪を真っ直ぐに眉毛より上で切るのが、流行っているらしい。
そう言われれば確かに、テレビでも電車でも、そういう子をよく見る気がする。

クーラーをきかせ過ぎたのか、肌寒い。
彼女の声のトーンがまだ低く、心の琴線に触れたのかと、怖くなる。
口元は僅かに微笑んだようにも見えたが、緊張しているのか、楽しくないのか、にこやかではない。

少し薄暗くて、禁煙と聞いたのにタバコの匂いがきつくて、僕らの距離感を無理やり詰めるため神様がいたずらしたのか、部屋は狭かった。
彼女の年齢的に、僕が普段ほっつき歩く場所よりはこういうところの方がいいだろうと思ったのだが、気まずい。

「歌うと、声高くなるんですね」

うまいんですね、と世辞を言わないところが彼女らしいが、これだけ好意を持たれていながら言われないとなると、僕の歌声は相当悪いらしい。

彼女のことは、あまり良く知らない。
僕がよく話していたのは、彼女の友だちだった。
暗くて、表情が読めなくて、僕のことが好きなんだろうということ以外、何も知らない。

少し昔、根っからの文系だろう彼女が、赤点防止のためと称しては、僕のところに何度も押しかけてきた。
何度も経験してきたことだし、正直彼女に全く興味を持てなかった。
それと同じくらい、何度も何度も聞きに来る割に、彼女の成績はちっとも良くならなかった。

恋のキューピット気取りで、彼女の友だちが場を取りなし、今日に至る。
質問攻めの過程を経て、彼女は恐ろしいほど僕を知り尽くしていた。
僕の好きな歌手しか歌わない。
褒め言葉も使い果たし、反応も冷たく、正直もう出たい。

「今度は、3人でこよっか」

なるべく、にこやかに微笑み、彼女も頷いてくれた。
彼女は楽しいんだろうか。
きっと僕といたら楽しいのだろう。
伝え聞きで教わった。

こんなにも好かれているのに、僕はちっとも彼女を好きになれない。
そして彼女もそれを分かっている。

僕らはこれからも、こうして会い続けるんだろうか。
彼女が、僕以外の別の誰かに夢中になるまで。
好きでいてくれるのだから、好きになればいいのに。
どうして僕は、好きになれないんだろう。

帰り道、LINEに届くメッセージ。

「どうだった?」

おせっかいな君。
彼女の友だちで、僕とも友だちで、何度も君とも出かけた。

僕は君が好きなんだ。
言い出せなくて…