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追憶の雨の中

アラサー。創作をしています。不定期更新です

『河童』考

芥川龍之介 『河童』感想

ネタバレ含むので注意








河童は、人間より繊細で賢く出来ている。これは、芥川が神経をすり減らす中で、自身と河童を重ねてみていたのではないだろうか。

人間的感覚にいたはずの主人公は、河童の世界に迷い込んだことで河童と密接になりすぎる。生活のための小説、家族の扶養のための小説が河童で、とうとう虚構であるはずの小説に入り込みすぎて、人間に懐疑的になる。

死の描写も様々である。
絞め殺さずとも罪状を言うだけで死ねるはずの繊細さがありながら、ピストル自殺をする河童、生まれてくる前に死を選ぶ河童、女に追いかけられ参って寝込み死ぬ河童、そして、有無を言わさずガスを吸わされ集団屠殺される低級河童。
死に取り憑かれていたことを裏付けているような気がする。あるいは死に方を探っていたとも捉えられる。

個人的に、滑稽と真面目とが正反対だという世界観で、河童は死を悼まないと思ったが、ピストル自殺した夫を悲しむ妻河童がいるので、ちょっと矛盾にも思う。描写されていないだけで実は泣きながら次の伴侶を舌なめずりしながらさがしていたのかもしれない。月日のほどは分からないが再婚してるし。

そうではないとすると人間よりもより、感傷的で、主人公を見舞いにきているようだし、(最もこれは、主人公の人間的感覚「河童に会いたい、河童も会いに来てくれるはずだ」からきた思い込みかもしれないから、真偽不明だが)河童間で妬む、嫌う気持ちもあるようだしかなり人間的だ。
と、重ねているあたり、僕自身が人間的感覚でいるので同じものさしで図ろうとするおかしさが感じられる。

死と同じく憂鬱もまた描写が多い。
それぞれ特性を持つ河童たち皆がどこかで憂鬱を抱えている。
顔の美醜、配偶者、才能、他者からの評価。河童という形で描かれながらも、どこかで自分の何かと照らし合わせざるを得ない。書きながら、自己と照らしあわせ人知れず自分自身と戦っていたのだろかと、思ってしまう。

暗い話だけではなく、面白い創作としての見方もある。
河童の色がカメレオン風だとか、カワウソと戦うだとか、物をお腹のポッケにしまうだとか、河童に耳はないだとか、なんともかわいらしい発想だ。
あまり突飛な発想で書かれた芥川作品を、僕が知らないだけか忘れただけなのか、この作品以外に知らない。もしかすると、突飛な発想で書く足がかりに実験的に混ぜ込んでみたのだろうか。

長々と書いてしまったが、そんなことを考えた。
正しいかどうかの裏付けや検証はないので、どうか鵜呑みにせず、読んで自身の思いの丈を思うままに書くなり描くなりしてほしい。

最後の方に、唐突に詩が出てくる。
これこそ芥川がつかみとってほしかった、メッセージなのではないかと考えた。下記は個人の解釈である。

神や信仰など確かなものは何もない。貧しくとも休み、生活をするだけだ。(結局人間でいる以上、生活は普遍に続く。生活を辞めたければ気を狂わせるか、死を選ぶ他ない)