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追憶の雨の中

アラサー。創作をしています。不定期更新です

まどろみ

ご飯の炊けるいい匂いと、焼きたての玉子焼きにみそ汁とが並べられる音がする。朝食のような、夕食の香りが定番となりつつある。時々みそ汁が豚汁になる日もあるが、どうしてだか、大幅なメニュー改定は今のところない。僕も理由を聞けばいいのだろうけど、他に話すことはいくらでもあるし、まぁいっか、とつい保留にしてしまう。
膨らみすぎたポケットを探り、鍵を探す。手の届く範囲で完結させたい気持ちが強くて、何でも入れてしまう。道中形が気に入って拾ってしまった石も、書類をとめてあった輪ゴムも、用事が済んで丸めたふせんもある。洗濯するからと、取り出されていく物たちを眺めるときは、1日の僕の動きを隅々まで取り調べられている気持ちになる。それは恥ずかしいでもうっとうしいでもない、くすぐったいのを我慢しているようなもどかしさがある。
あたたかい声と、やわらかな表情とで、僕はふわりとまどろむ。それまで地面を踏みしめていたはずの両足は途端に雲の上を歩いているようにおぼつかなく、頼りなくなる。ぐにゃり、へにゃりと力なく笑う僕を見て、君は力いっぱいの抱擁と精一杯の背伸びをして頭を撫でてくれる。
いただきますのあとは、おいしいとありがとうとごちそうさまとすきとおやすみ。多くの言葉は言えなくて、代わりにありがとうとすきばかり言っている。何回目かのすきのあとに、体が軽くなっていって、君の手のぬくもりを感じたまま寝てしまう。君の手には常にカイロが仕込まれているのか、いつでもぽかぽかと僕の身も心も暖めてくれる。
今日は特に疲れてしまったと思う日も、今日はそうでもなかったからたくさん君と話をしようと思った日も、僕は結局うまく話すことができないまま、眠りについてしまう。

「我が家のねむり王子」

親しみを込めてなのか、揶揄を込めてなのかあるいはそのどちらもか、君は僕をそう呼ぶ。きっと僕が感じるすべての君に、僕へ多大な影響を及ぼすねむり薬が入っているんだ。そうでもしなけりゃこんなに幸せで楽しくて素晴らしいのに眠いだなんて、そんなことあり得ない。
こうして考えている間にも、君の顔がゆがんでいく。ほら、今日が終わってしまうその前に、もう一度ぎゅっと抱きしめて。そして夢の中でまた会おうね。

「おやすみ」