創作再開しました。不定期更新です

水中花籠

水泡が消えた。それですべてだった。

 

涼しげな目元をしていた。音もなく笑う人だった。昼飯は欠かさず汁物を買う人で、箸をつけるのは汁物からという自己の流儀があった。箸が必要以上に汚れないための食べ方らしかった。背筋をピンと伸ばして食べる姿も、歩く姿も美しかった。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、とはまさしくあの人に当てはまる言葉だった。

 

一挙一動に見惚れた。白くてもあの人が黒だと言えば黒だった。どんなことを言えば笑ってくれるのか、そればかり考えた。微笑んでくれればそれだけでお腹いっぱいになれた。あの人の好むものを僕も全力で好んだ。気があうと思われるのが嬉しかった。

 

特別な関係は望んでいなかった。踏み込むのが怖くて、臆病な自分を肯定して、個人的なことを聞くのは避けていた。聞いてしまったら、うまく処理しきれない自分が嫌になってしまう。表面だけでも取り繕って、その他大勢、あわよくばそのうちのひとかけら、友達でも恋人でもない位置にいさせてほしかった。

 

責任を取るのは嫌だ。重要なことは主役に任せておけばよくて、僕なんかは消えてしまってもわからないくらいの、添え物の存在でいい。だがそれは一方で、過度の承認欲求の裏返しとも呼べないだろうか。認められたいしお近づきになりたいし昼夜問わず生活を共にしたい。でも自信がないから「そんなことは求めていない」という顔をしたがるのではないだろうか。もしあの人が、今のままの僕でいいと抱きしめてくれたなら、僕はそれをあの人に返すことができるだろうか。

 

暇さえあればあの人のことを考えそうになるので、必死に別のことにも夢中になるようにした。傍目にそれは、仕事のことしか考えてないような勤労精神旺盛な、仕事人間のように映っただろう。

 

こんな僕は誰かを愛する資格があるのだろうか。あの人が僕に笑いかけてくるようになって、決して気のせいではないのだと認識せざるを得ない段階になって、もしかしたらこのまま、と先を空想しそうになるたび、繰り言のように考える。

 

 幸せを空想するのと同じだけ、最悪の想定をした。罵詈雑言を受ける夢、蔑まれる夢、別の誰かと微笑みあうあの人を眺める夢、そしてそれが、複数人いたという夢。

 

結局のところ、僕は勝手なあの人の偶像を好きになっているに過ぎず、何もあの人のことなどわかってやしないのだろう。いや、それもまた裏返しで、僕とあの人は表裏一体で僕はあの人の全てを把握しており、意識できていないだけで相性はばっちりで、何の不足もないお互いを補いあえる関係なのではないか。

 

いつも変わったお茶を飲んでいる人だった。

 

 「水中花籠、っていうんです。綺麗な花が咲くでしょう」

 

僕は何と答えたのか、もう覚えていない。近頃とみに記憶がおぼろげだ。ただそのとき僕は、花のようなあの人の、一番美しい姿をそのまま閉じ込める方法を知った。

 

「これでずっと一緒だね。」