朝焼けに檸檬

アラサー。創作をしています。不定期更新です

路地裏の木漏れ日

「それ、絶対伝わってないよ。いいの」

 

絶対のぜがずぇに聞こえるくらい目一杯引き伸ばされて、それがおかしく笑ってしまう。僕のことを思っているという彼女の身勝手な慈善によって、僕は話せば話すほど悲劇の役者になっていく。

もし僕が泣いて喚いていたら、駄々をこねたら、未来が変わったんだろうか。

 

日の差し込んでやや暑いカフェのカウンター席で汗をかいたアイスコーヒーは薄くなり、もはや二層になっていた。かき混ぜてすするそれはもはやコーヒーの香りだけが残る水で、一口飲んでそのまま元の場所へと返す。かといっておかわりを頼むほどの金銭的余裕はなく、こんな貧乏のヒモだから追い出されるのだと、にわかに悲しさがこみ上げてきた。

 

「ね、いいバイト教えてあげよっか」

 

「断る。僕は高等遊民を貫くんだ」

 

そう。いわゆる意識高い系のヒモだった僕は、彼女の転勤と共に捨てられた。

 

「君かわいいから、またすぐに相手見つかるよ」

 

シャツから覗く胸元のほくろを見せつけるように、最後のキスを済ませた後は、もう何の未練もないのか振り返りもせず去っていった。

 

「今度は本気で付いて行く気だったし、僕だって向こうでちゃんと働くつもりしてたんだ」

 

「もうかわいいって歳でもないもんね」

 

痛いところを突いてくる。かわいい年上キラーにも年齢というどうしようもない壁は忍び寄ってくるもので、おかげで僕は捨てられてからかれこれ二カ月友人の家を順々に居候し続けていた。もう限界である。

別に相手がいなかったわけではない。でも、違うのだ。うまく説明できないが、僕の直感が違うと言い、純粋にご飯をご馳走になった後はそのまま帰宅している。

 

「万能主夫は、もう用済みなのかな」

 

ありとあらゆるアプリや掲示板を駆使したり、ヒモを好みそうな女の好きそうなカフェやバーで物憂げに座ってみたり、努力は欠かさずにしてきた。でも何にせよ、違うのだ。努力の方向性が違う。どうしてか、気持ちがすっきりとせず、何をしていても落ち着かない。

 

「諦めてバイトしなよ。私んとこのバイト先、結構女の子多いし」

 

女の子多い少ないの問題でなく、ヒモを養えるかどうかの経済力が問題なので、たかがチェーンの居酒屋バイトごときではヒモ養いを期待できそうにもない上に、労働をやむなくするにしても重いものを持ち運びも、夜遅くまで大声を出すのも、いずれも絶対にしたくない。1番の問題は、

 

「うん数年の空白期間をどう説明したらいい」

 

履歴書の書き方すら忘れてしまって、先日仕方なしに出向いたハロワでは失笑を買った。いや、就職だとか、働くだとか、それがしたくないのではない。

隣に、いつも隣にいて当たり前だったあの笑顔がなくて、それでへこんでいる。今までわがままに振る舞い、ときにはこちらから出ていくこともあり、人そのものを財布としてしか見ていなかった。僕のしたい生活を叶えてくれる理想の人を求めていたはずだった。

 

「語学留学してたとか」

 

趣味で旅行はするが、いつも通訳してくれるのも金を出すのも相手だ。いかに自分が恵まれた環境で暮らしていたか思い出される。

あれから趣味だと思っていたひとり旅もしてみたが、物足りなく、住んでるときはあった不満の一つや二つすら、思い出になってしまえばいとしさしかなかった。

 

「もういっそ転勤先追いかけちゃえば」

 

渋い顔をし続ける僕にとうとう呆れ、投げやりなアドバイスをもらう。木漏れ日が揺らぎ、希望が満ちる。

 

「ありがとう、行ってみるわ」

 

僕の主義、誤魔化さずに砕けるしかない。本当に好きだから、本当に一緒にいたいから、もうヒモじゃなくていいから、僕も働いて頑張るから、目が覚めたんだ。もう、他の人なんて考えられない。

だから、会いに行っていいですか。