朝焼けに檸檬

アラサー。創作をしています。不定期更新です

君と僕とのかくれんぼ。

三日月でなくてもクロワッサンというパンを食べ、朝が始まる。大枚をはたいて買ったコーヒーメーカーは、今日も機嫌よく動いていた。天気はくもり。占いは6位。ラッキーカラーは紫。遠い、遠すぎて親近感のわかないグルメ情報を聞きながら、男は予定を思い返す。そういえば時は師走。そういえばと思い返せるほどには暇があり、それほど普段を受動的に過ごしている。

済ますべきは洗濯と昨日の洗い物。そういえば、用事を「済ませる」ことを「殺す」と表現しているのを見たことがあったな、あれに違和感があるくらいには歳を取ったのかもなとさらに眠気の残る頭で思考を広げている。言葉の移り変わりは今に始まったことではないが、度々脳内の検討課題として挙がってくるようである。とは言いつつもなまじいい加減な性質のため眉根を寄せもせず、平生と変わらない様子でコーヒーを飲んでいる。

近頃覚えた操作を駆使し、適当な音楽をランダムに流し、傍目には全く表情を変えないまま1時間から多いときは2時間くらいかけて、朝食の時間が過ごされる。

室内は寒がりな男に合わせて26度に保たれている。窓ガラスは曇り、さんには汚れがこれでもかというほど蓄積されているうえに、ガラス自体にも容易には落とせない汚れが目立っていた。この家に越したその日から、数えきれない月日が流れていたが、その間に訪れた歴代の同居人も、窓ガラスの汚れには無頓着なようだった。何人めかの同居人がひっきりなしに吸っていたタバコのヤニは去ったあとも色濃く影響を残し、壁紙はうっすらと黄ばんでいる。緩慢と、確か6人目くらいにやってきた同居人が残していったアロマを焚いて、やっと男は重い腰を持ち上げる。特に習慣となっているわけではなく、思い出したときに気まぐれに焚かれるため、毎日焚いても4ヶ月分になりそうなくらい、尽きる気配がない。

焚いて感傷的な気分になるわけではない。男にとって数々の同居人は良くも悪くもどうでもいい存在であり、個々の思い出を問われてもありきたりなことしか言えないと自覚していた。

8年弱過ごした部屋の生活動線は確立され無駄なく、わりかし几帳面に片付けられた室内には、男の意思を加味しなければ、すぐにでも人が呼べそうだ。

12時を過ぎれば、宅配便が来て生活用品の細々とした整理が行われる。僕が光を浴びる瞬間。買いだめのシャンプーやスポーツドリンクのペットボトルと共に、僕は忘れ去られた一角で、今日も男を見ている。男が来るずっと前から、男がもしも去ったとしても、僕はここにいる。仄暗い世界の片隅から抜け出そうともしない。

狭いところが好きだった、ような気がする。だからここにいるのだろう。主張するでもなく、いたずらをするでもない。漫然とただ存在をしている。死人は視認されない。未練もない、と思う。

あるとすれば、男の3人めの同居人が僕を見て尋ねたこと。

「君、どうしてここにいるの」

僕は言う。

「かくれんぼ」

困った顔をしながら

「えっと、じゃあ、みぃつけた」

だから僕嬉しくなっちゃって、

「じゃあ次は君が隠れる番ね」

まだ、かくれんぼは終わらない。