雨降りには紫陽花を添えて
学校帰り、何でもない会話をしながら、6月11日17時5分というこの時間を忘れないでおこうと思った。片付けとか面倒なことは嫌がってしない私が、写真の共有サイトや地域の噂話コミュニティや、本当か嘘かわからないものまで頼って調べて、やっと場所を決めた。
カフェに行ったあとは、オシャレな雑貨屋さんに寄って、オソロのヘアピン買うのはどうだろう。プリクラはやっぱ定番かもしれないけど、写真が嫌いだって言ってたからやめといたほうがいいかもしれない。私はオソロもプリクラもしたいけど、彼氏が嫌がることはしたくない。
ハツカレ。私、彼氏できちゃったんだよ。腕組もうとしたらはしたないって怒られるし、手も恥ずかしいって繋いでもらえないけど、でも、ちゃんと彼氏。周りのみんなに自慢したくなる。長い黒髪に自然と上向きにカールしたまつ毛、人形みたいに白い肌に、桜色の唇。私にない色んなものを持っている素敵な彼氏。
「マキちゃん。マキちゃんは物語の主人公になれるとしたら、何になりたい」
じっと聞いていたくなるくらい高くてかわいい声。子鹿が楽しそうに飛び跳ねてるみたい。
「私、お姫さまがいいな。真っ白のドレス着て、素敵なお城に住むの」
やたらとでかくて何の膨らみもなくて、声も低くて怖そうなうえに、目つきもそんなに良くない。おばけみたいって言われて泣いたこともある。そんな私はお姫さまになりたくて仕方ない。
「想像するだけでとても素敵だよ。いつか、そんな写真撮ろうね」
「ユキちゃんは、白のタキシードか燕尾服か、何でもユキちゃんが着たいの着て隣にいてね」
僕はカメラマンでいいよ、と笑う私よりも30センチ低い、私がなりたくてたまらないお姫さまみたいにかわいいユキちゃんは、かっこいい王子さまになりたくて仕方がない。私たちはとってもあべこべ。もしも逆転できたなら幸せだったのかもしれないけど、こうして出会えたから今の姿も悪くないと思える。
路地を抜けたら、カフェが見える。今までの梅雨は雨ばかりで憂うつな気持ちになっていた。今は並んで歩くだけでどこにいても晴れ晴れしい。おまけに今日は初めてのデート。ただ、どうしても私の気持ちはデートの計画があんまりすぎて、もしかして嫌われてしまったらなんて暗いほうへいってしまいそうになっては、現実に戻されている。着いてから席についても私はそわそわと落ち着かない気持ちでいた。
「大丈夫だよ、マキちゃん。僕も今日がとても楽しみだったし、なかなか眠れなかったし、おまけにさっきから手が震えてる。情けないね」
にこやかに笑ってくれるユキちゃんは頼もしく、店内に漂う甘い香りを嗅ぐ余裕が出てきた。
「季節限定のあじさいパフェ食べたい。」
調べたときから、大好きな紫色の寒天とマーブルチョコアイスをうずまき状にしてかたつむり風に見立てたのが素敵だと気になっていたのだ。あと期間限定とつくとついつい頼んでしまうから、期間限定は本当にずるい作戦だと思う。
「僕は、えっと、無難にホットコーヒー、いや、こっちのエスプレッソ、やっぱりアフォガート、待てよ、店員おすすめの日替わりドリップコーヒーとやらも」
お弁当のおかず交換で迷うユキちゃんは、想像した以上にメニューで迷っていて怒られるから言わないけどかわいかった。結局私のどちらにしようかなでアフォガートに決まり、外に目をやる。
「この後、どうする」
「今日のデートは全部、マキちゃんの好きなところに行こう。マキちゃんの好きなもの、もっと知っていきたい」
ちょっと私の彼氏、かっこよすぎませんか。