朝焼けに檸檬

アラサー。創作をしています。不定期更新です

聞こえますか

#文字書き版深夜の真剣文字書き60分一本勝負

お題 雨と海

 雲が重なり、白、灰、黒。青が狭められ、まだ音はそんなにしないから、今なら傘を差さずに帰れそう。だけど、熱心に本を読んでいる君が雨に気づくには、本降りにならないと駄目そうだ。何度も読み込まれた証にカバーが破れかかっていて、他の著書もすべて手あかがついているほど好きだというその作家について僕はあまり詳しく知らない。名前は知っていて、初めて手に取ったのは表紙がしゃれている、という理由だった。どんなタイトルは覚えていないが、確か海を背景に、自転車を漕ぐ少年が描かれていたように記憶している。数冊借りたような気もするのだが、どうも印象に薄かった。

 店内に流れるジャズを聴きながら、すっかり冷めてしまった珈琲を啜る。頃合いを見計らってかおかわりの有無を聞きに来た店員に追加注文をし、再び空想に勤しむ。買い換えたばかりのノートパソコンに向かって何か好機となる場面転換を考えては、ありきたりである、面白みに欠ける、などと破棄していく。思索に詰まる視線の先には、先ほどまでパンケーキが収まっていた平皿に残された生クリームの残骸、フォーク、隣には熱心な読書の間に水と紅茶が分離したタピオカミルクティー

 こういうのはどうだろう。近未来、人々は水中での暮らしが日常となっていた。おぼろげに漂う食材、人。波の流れに任せ家を転々とする。居住地区によって水中の色は変わる。ある日ミルクティー居住区に住む男の子は願うのだ。世の中には青い海というものが存在するらしい。そこでは澄みきった空間にあえてクリームを乗せて、色の変化を楽しむ遊技が流行っているらしい。なんておしゃれな世界だろう。弾ける泡に、混ざる青。かつて当然のようにあった海という世界を疑似的ながらも濁らせるという背徳感もあり、何より写真家を志す彼にとって、そこが世界で最も「映え」る場所に違いないと思わせた。

「なんだか楽しそうじゃん」

いつの間にか本を読み終えた君の、炭酸がはじけるような清涼感のある声が聞こえる。

「それ置いといてさ、クリームソーダ頼まない?」

飲まれそうにないタピオカは、僕が引き受けるから。少年の成長ストーリーには課題がつきものだ。さて、いったい彼にはどんな難題が待ち受けるのだろう。そして辿り着いた先はきっと透明感に満ち溢れている。窓辺の視界良好。そろそろ雨も上がりそうだ。