創作再開しました。不定期更新です

『河童』考

芥川龍之介 『河童』感想

ネタバレ含むので注意








河童は、人間より繊細で賢く出来ている。これは、芥川が神経をすり減らす中で、自身と河童を重ねてみていたのではないだろうか。

人間的感覚にいたはずの主人公は、河童の世界に迷い込んだことで河童と密接になりすぎる。生活のための小説、家族の扶養のための小説が河童で、とうとう虚構であるはずの小説に入り込みすぎて、人間に懐疑的になる。

死の描写も様々である。
絞め殺さずとも罪状を言うだけで死ねるはずの繊細さがありながら、ピストル自殺をする河童、生まれてくる前に死を選ぶ河童、女に追いかけられ参って寝込み死ぬ河童、そして、有無を言わさずガスを吸わされ集団屠殺される低級河童。
死に取り憑かれていたことを裏付けているような気がする。あるいは死に方を探っていたとも捉えられる。

個人的に、滑稽と真面目とが正反対だという世界観で、河童は死を悼まないと思ったが、ピストル自殺した夫を悲しむ妻河童がいるので、ちょっと矛盾にも思う。描写されていないだけで実は泣きながら次の伴侶を舌なめずりしながらさがしていたのかもしれない。月日のほどは分からないが再婚してるし。

そうではないとすると人間よりもより、感傷的で、主人公を見舞いにきているようだし、(最もこれは、主人公の人間的感覚「河童に会いたい、河童も会いに来てくれるはずだ」からきた思い込みかもしれないから、真偽不明だが)河童間で妬む、嫌う気持ちもあるようだしかなり人間的だ。
と、重ねているあたり、僕自身が人間的感覚でいるので同じものさしで図ろうとするおかしさが感じられる。

死と同じく憂鬱もまた描写が多い。
それぞれ特性を持つ河童たち皆がどこかで憂鬱を抱えている。
顔の美醜、配偶者、才能、他者からの評価。河童という形で描かれながらも、どこかで自分の何かと照らし合わせざるを得ない。書きながら、自己と照らしあわせ人知れず自分自身と戦っていたのだろかと、思ってしまう。

暗い話だけではなく、面白い創作としての見方もある。
河童の色がカメレオン風だとか、カワウソと戦うだとか、物をお腹のポッケにしまうだとか、河童に耳はないだとか、なんともかわいらしい発想だ。
あまり突飛な発想で書かれた芥川作品を、僕が知らないだけか忘れただけなのか、この作品以外に知らない。もしかすると、突飛な発想で書く足がかりに実験的に混ぜ込んでみたのだろうか。

長々と書いてしまったが、そんなことを考えた。
正しいかどうかの裏付けや検証はないので、どうか鵜呑みにせず、読んで自身の思いの丈を思うままに書くなり描くなりしてほしい。

最後の方に、唐突に詩が出てくる。
これこそ芥川がつかみとってほしかった、メッセージなのではないかと考えた。下記は個人の解釈である。

神や信仰など確かなものは何もない。貧しくとも休み、生活をするだけだ。(結局人間でいる以上、生活は普遍に続く。生活を辞めたければ気を狂わせるか、死を選ぶ他ない)

『二銭銅貨』考

江戸川乱歩二銭銅貨』感想。
ネタバレ含む。








まず、当時の暮らしや情景を想像させる描写がいい。泥棒が紳士だという設定、また紙を隠すなら紙、といった口上も腑に落ちやすい。人を不快にさせない泥棒が出てくる話は当時大衆小説と親しまれたことにも頷ける。
大人から子供まで楽しめると思う。

ところで肝心の話。
実は、謎が解けていない。

二銭銅貨を貰った人が紳士盗賊と仮定したら、「私」はなんであんなことをしたのだ?
単なる暇つぶしにしては手が込みすぎているし、貧乏暮らしなのに10円の出費をさせてまでする意味がわからない。

紳士盗賊と「私」はグルだったのか?
親戚の大黒屋とやらに、一時期松村が解決したとおりの手順で本当に置かれてあって、松村が持ってくる前に回収されていたのか?
大黒屋に紳士盗賊がいるのか?
いや、もしや「私」が紳士盗賊で日頃はボロ住まいで暮らしているのか?
そうではなくて、「私」はいち早く見破り、紳士盗賊から施しを得たのか?

わからない。しかし面白い。
謎を謎のままにしておきたい気持ちもあるし、解き明かしたい気持ちもある。

とても良い作品だった。

籠の中の鳥

あなたが可愛いねとほめたくださったから、私ずっと髪を長くしているのです。
私は長い間あなたの幻影に囚われていて、今も逃れられません。

ありきたりの、どこにでもありそうなお話でしょうか。私だけの独創性、どこから引き出せば良いのでしょう。たとえばあなたの描いてくださった、私の似顔絵。与えてくださった指輪。お揃いにしましょうと買ってくださったマグカップ。あなたからもらったものだけで、今の私が作られています。

あなたは私を疎んじて、どこか遠くへ消えてしまいました。でも私は知っているのです。目を閉じればいつでも、あなたが笑ってくれることを。本当は消えてしまったわけではくて、私を驚かせようとお隠れになっているだけなのでしょう。

揺れる車窓、今日もあなたを探します。私が家を好きなこと、あなたはよくご存知ですよね。あなたを探すためならば、私はどこへでも旅立てるようになりました。これであなたがどこへ行っても、付いていけるようになりましたよ。

私が精神的に辛いと思いを吐露すれば、何時まででも話に付き合ってくれました。そのときのあなたの、底のない、深い暗い濁った黒い目が、たいそう好きでした。優しさのかけらも見当たらない卑屈に淀んだ瞳に心奪われます。

私、最初はあなたのこと好きでもなんでもなかったんです。よく分かってらっしゃるでしょうけれど。溢れんばかりのものを与えられて、困り果ててしまいました。あなたなりの愛情表現だと気付いてからは、あなたが愛おしくなりました。

あなたが濁りのない、澄んだ色をしているとき、私はあまりの明るさに怯えていました。目をそらせば肩を掴まれ、微笑みを絶やさないまま耳元に息がかかります。

「大丈夫だよ」

全然大丈夫ではありません。どうして軽々しく言えるのでしょうか。好きでもなんでもないどころか、私はあなたを嫌いでした。だから困らせて辛い思いをさせてやろうと企んだのです。

あなたの瞳が涙に濡れたとき、苦痛に歪んだとき、初めて生きた心地がしました。生きようと思いました。

あぁ、いらっしゃったわ。あなた。見つけました。もう逃がすもんですか。

「君、あの子の知り合いかね」

通りすがりのおじさまが、私に声をかけてきました。あなた、こちらでは有名人ですのね。顔はかわいいですものね。

「知り合いではなくて、恋人」

おじさまに軽く返事をし、浮き立った足どりで近づいていきます。

「誰?」

吐き捨てるような声がたまりません。名前を告げて表情が凍らせるまで、あと3秒といったところかしら。

生きてる生きてく

どうしてかな。
どうして自分だけなんだろう。
一度でもいい。思ったことはないかな。

友だちとあそんでいて、ブランコをおしてもらうじゅんばんがこないまま、帰る時間になってしまった。
みんなでうんどう場にいたはずなのに、いつのまにかひとりぼっちになっていた。
自てん車をこいでいて、いきなり、声を上げてなきたくなってしまった。

どんなことでも、それはちっともおかしいことじゃない。
だれにも言えない、ふしぎな気持ち。
まるで、わたがしが体の中にできてしまったみたいにあまくて、でもそれが、くもりの日のねずみ色で重たい雲のようにも思えてしまう。

君だけじゃないんだよ。
だれにでもあることなんだ。
だけど君には、それがわからない。
それでもなんとかなってしまうこともある。
だって、いつもしんどいわけじゃないから。
君はときどきそれを思い出してしまうくらいでいい。
でも、苦しくてたまらなくなって、ひざをかかえ、いまにもなみだがこぼれおちそうなときがくる。

ぼくは、君よりちょっとだけおとなだ。
だから君より、ちょっぴり知っていることがある。
いつか、きてほしくはないけれど、どうしようもなくなきそうになってしまったときのために、知っておいてほしい。

君のとなりには、あの子がいる。
いきなりでびっくりしたかな。
わるいやつではないよ。
考えてもみてほしい。
君をこわい気持ちにさせたり、がぶりと食べてしまったりするようなわるいやつなら、いつでも君のとなりにいるはずない。

君はかしこいから、すぐにわかるよね。
そう。あの子は君をまもってくれる。
君がしんどくなったとき、話し相手がほしくなったとき、あの子がいる。
だから君は、けっしてひとりぼっちだなんてさみしいこと、考えないでほしい。

ある日帰ってきたら、れいぞうこにだいすきなプリンが入っていたことはないかい。
それはあの子からのプレゼントさ。
君がわらっていると、あの子もうれしいんだ。

もちろん、見えるものがすべてじゃない。
君にはむずかしいかもしれないけれど、見えなくたってたいせつなものはあるんだよ。

なにか、なりたいものやしたいことがあるのなら、それにむかってすすめばいい。
なにもないのなら、それをさがすためにすすめばいい。

あの子は君をばかにしない。
どんなことでも、君ががんばるなら支えてくれる。
がんばらなくても、じっとそばにいてくれる。

あの子に名前はない。
そして、君がつよくねがえば、いつでも会える。
おばけやゆうれいやようかいなんかと、いっしょにされてはこまる。
あの子はあの子だよ。
君が思ったとおりのすがたさ。

君のたいせつな人たちにも、あの子はいる。
一人ひとりにいてくれる。
あの子はやさしいから、「とくべつ」をつくらない。
もちろんぼくにもいる。

そうそう、たいせつなことだけど、あの子の話はぼくと君だけのひみつだよ、いいね。
かわいそうだけど、あの子が見えていない人のほうが、ずいぶんふえてしまった。
見えない人にとってあの子の話は、とても気持ちがわるいらしい。
話したら君にもうつってしまうし、あの子もしんどくなってしまう。
だからいいね、ふたりのひみつだよ。

君はとても頭がいい。
そして、人をしんじるゆうきがある。
ほんとうは言っちゃいけなくて、じぶんで気づかないといけないことだったんだけど、つい話してしまったよ。

あぁ、もう時間だ。
よるがきて、あさがくる。
ぼくも君もあの子もみんなねむって、またおきる。そうやって、

生きてる生きてく

GAME

空気を変えたのは隣の子だった。
話したことはない。
私は別の子と仲良くしてたし、グループも違っていた。
何だったら名前もあいまいだ。

堂々と自分がしたと宣言した子がいたから、悪い子が決まった。
先生は誰かのせいにしたがっていたから、ちょうどよかったみたい。
特に誰かが悪いわけじゃなかった。
騒いでいる何人かがいた。

私じゃない。
私はどっちかって言うとジミーズって感じだから。
で、どっちかって言うと隣の子はハデ。

言った途端にあっという間にその子だけが悪いことになって、その子が言い出したとか言われて、ほんとは違う子なのに怒られるべき他の子は何も言わない。

次からしないようになんて、効果のない言葉でその場はなんとか収まったけど、それから変になった。

日々起きるほとんど全ての悪い出来事の中に、その子がいた。
本当だったのか、誰かがなすりつけたのか、私は知らない。
全てではないと思いながら、私はそれを口にしなかった。
そして本人も肯定し続けた。

友達でも何でもない。
同情の気持ちもない。
ただ、私は聞いてしまった。

「アタシが悪かったらみんな安心でしょ」

聞き取れたのは私だけ。
そこまで自己犠牲的な気持ち、私は到底芽生える気がしない。
なんと表現していいか分からないけれど、楽しんでいる気がした。
怒られるのも、悪い子になるのも。
あの子はあえてその位置に立ってる。
たった一人で。
望まれる姿になりきっている。
終わりも始まりもこれからも、自分の選んだ道を歩き続ける。

GAME。

愛は風のように

今日という日が訪れたことを、祝福のようにも、呪詛のようにも思います。

あなたが生まれた今日、あなたに似た人に会いました。
寸分も違わずあなたでした。
もちろんそんなはずはありません。
あなたがどんな顔をしていたかも、おぼろげに違いありません。

しかし、それはあなたでしかあり得ないほど、あなたでした。
心のどこかでそれを望んでいたのかもしれません。
そんなことを言うと、あなたに期待を持たせてしまうでしょうか。
あと5秒、もし目があっていたら、僕はところ構わず泣いていたかもしれません。

あなたに会いたいのでしょうか。
そんなはずはありません。
何より僕が望んでいないのです。

いつだったか、あなたと連絡を取りました。
僕は気の合う友達として接しようとしていました。
あなたは、あわよくばまた恋人になることを望んでいたような気がします。
温度差と違和感に、連絡をしなければよかったと後悔をしました。
それが、決定的瞬間でした。
二度と連絡ができないようにしました。

忘れたはずでした。
少なくとも数日前まで片時も思い出すことはなかったのです。
おかしな表現でしょう。
それぐらい固い意志でした。

毎年この日が来ると思いだしてしまうのです。
忘れられないのが恐ろしいのです。
そして同時に、嬉しくも思うのです。
ただの一度でも、こうして忘れられぬ人を愛してしまったことがあることを。

二度はないのかもしれません。
あるのかもしれません。
僕にはわかりません。
あなたともう一度、手を繋げる日がないことはわかっています。
僕が望んでいないのです。
繰り返し言うくらいだから、確かです。

こんな気持ちなのに、こうして思い出してしまったこと、それを伝える手段すらないことを、許して下さい。

きっとあなたなら、寛容に許してくれるでしょう。
あなたのその優しさを愛していました。
そして、憎んでいました。

さようなら。
来年、また過去のあなたに会いましょう。
そして、未来のあなたに捧げます。
過去と未来の僕を。

きつく、荒々しく、そして穏やかに。
僕とあなたの間に吹きすさびます。
愛は風のように。

on and on

覚えたての、たどたどしい英会話が研究室で反響した。
研究予算が優先され手が回らないのか、あちこちが老朽化している。
ここで地震なんてめったに起きないだろうけど、この耐久性では真っ先に崩れ落ちるかもしれない。
異国というだけで、それでもきらびやかさを感じてしまう。

友人に誘われた講演に感動し、留学を決めた。
僕が興味を持っていた、とある場所についての考察だった。
学会の風潮から逸脱して独創的な論文を発表していた人だったから、名前にも聞き覚えがあった。

フィールドワークに同行したり、発掘現場に同行したりしながら、日々が過ぎていく。
研修生の立場でありながら、おかしいと思うところは主張するようにと言われていた。
研究の常で、新しいことなどすぐには出てこない。
だが、共通の目的意識がある仲間たちといるだけで、充実している。

一縷の望みの証明に、僕らは追う。
ガセかもしれないことでも、疑う前に調べる。
その日が徒労に終わっても、不思議と疲れはない。
蓄積こそが糧となる。
神は我々を試していらっしゃるのだ。
そういうふうなことを、教授も繰り返しおっしゃっている。

いつか新聞や教科書に載るような、偉業を成し遂げられるだろうか。
酒の席で思わず、つぶやいたことがある。
半分以上聞き取れなかったが、彼らの表情から失言だったと悟り、すぐに謝罪をした。

名誉のためではない。
未来のための投資だ。
神は必ず我らを見てくださっている、と言うのが、彼らの主張であった。
それを聞いてから、僕は彼らが十字を切るとき、見様見真似で実践している。
それをするなら洗礼を受けなさいとも言わず、温かく見守ってくれている。
礼拝も連れて行ってくれる。
初めてまともに聞いた讃美歌は清らかで美しかった。

僕は彼らの信仰の半分も知らない。
だが傍観ではなく、同じ位置に立つのでもなく、彼らの信仰を尊重したい。
わずかでもここにいる以上、僕はそうしなければならない気にさせられる。
彼らの機嫌を取る、というつもりはなく、自然とそう思わされた。

この街の陽射しせいもあるだろうか。
偽りを許さぬ強い日差しでありながら、陰湿さはない。
白か黒か、はいかいいえかをまず区別することの多い国らしい陽気である。
朝は寒い日すらあり、1日に四季を感じる。

彼らは繰り返し、今日もつぶやく。
蓄積を脈々と続けていくことに対して。
平易な単語で、僕もすぐ覚えられた。

on and on