あおと杞憂
もし隕石が落ちてきて、地球が消滅したらどうしよう。
そんな荒唐無稽な心配事、あなたはしたことがあるだろうか。
僕はある。それで眠れなくなる日が過去にあった。
ちなみに、天が地に落ちてどこにもいけなくなったらどうしよう、みたいなことを考えた人が昔いたよ、というのが、杞憂の故事(元ネタ)だ。
天が地にっていくらなんでもそれはない。なんて思う僕だが、世の中の一般論と並べれば、隕石もまたどっこいどっこい。
今は昔ほど考え込まなくなったが、ifでネガり続ける。するしないで迷えば、する前からどうせ無理と決めつけ、する前から諦める悪癖もある。
話しやすいしついつい楽しくてめちゃくちゃ話しちゃうけど、僕ばっか話しすぎじゃない?
てかこんな話ばかりでいいの?大丈夫?
楽しいって言ってくれてるし大丈夫だよね?
話してなくても心地良いけど話ししたほうがいいのかな、話しすぎかな。
とここでだいたい1周して、これを周回する。終わらん。えーい強制終了じゃ!
話しても話さなくても一緒にいたら僕も相手も楽しい!大丈夫、終了!と強引に終わらせる。
巷ではやってるらしい?mbti診断(16personalities)では、INFP(仲介者)だった。
診断大好きだし空想ばかりしてるし、単純作業は居眠りするし、向いてる職業何??一人で作業して他人を介したくないって悩みまくってたし、当たってるなと思わされた。
放っておくと一人大反省会でネガり続けるので、大丈夫大丈夫と笑い飛ばしてもらえると大変勇気づけられる。
そして大丈夫な気がしてきて、ほんとに大丈夫になる。メンタル構造どうなってんだ?
同時に大丈夫大丈夫と日頃から周りに虚勢を張る達人でもある。
これまた不思議なことに大丈夫と言ってると大丈夫だし、不調にならない。
別人のような気がしてくるが、これまた同じ僕なので仕方ない。
大丈夫って書きすぎてゲシュタルト崩壊起こしそう。太や文が混じっててもわかんないんじゃないこれ。
悩み相談しても、話してる時点で消化して聞いてもらえた安心感と心地よさで、なんとかなってしまう。
たぶん他に考えたいことがいっぱいで、そんなことでキャパ割きたくないのかもしれない。
人と会ったりきれいなものを見たりすると、新たな刺激になって、たくさんいろんなことを書きたくなる。
揺れる水面、光の反射できらめく色。淡い色彩で顔色のわからぬ人が僕を見る。
ちぎり絵のような万華鏡のようなタッチが、僕の脳内を侵食する。
精神が旅する。とても薄い青と桃と橙の上を滑る。夜明け、昼の日差し、黄昏どきが、目まぐるしく明滅する。
ひと目見て心奪われる。きれい。かわいい。うつくしい。消化しきれない感情を、丁寧に引き出しに入れていく。
口をついて出るのは、フィルターをこさない言葉。その言葉も同じように記憶の引き出しにしまわれる。
気温、熱気、高揚。
新しくインプットされると、アウトプットも味が変わる。色付いた文章はどんな化学反応を起こすのか。
せっかく文字カウントもついて校正もしてくれるアプリ発見したのに、いつものスマホからブログ記事に直打ちスタイルなんですけど。
ま、いきなりはね。書いてる途中に発見しちゃったしタイミングも良くなかったよね。
使う使う、きっと使う。
今日はそろそろ眠気もきたし、いい感じに脳内疲労してるし睡眠もたぶんいい感じ。
きっと明日も良い日って思えばいい日。
杞憂の反対は?もう寝る前にそんなこと考えなくてもいいじゃん。今日は寝ちゃえば。おやすみ。