創作再開しました。不定期更新です

化身

誰でもいいわけじゃないのに、誰でもいいような、そんな言い方をしてみる。
相手は怒る。
もしくは、同意し、お互いを偽ったまま、関係が進む。
夏場の、しばらく放置されたアイスコーヒーのような、生ぬるさ。
あるいは、風呂から上がって、少しのぼせ、ぼうっとしすぎたときの、けだるさ。
好きだよ、とも言わない。
愛してるなんて、口が裂けても出てこない。
一緒にいて楽しいなんて台詞すら、嘘臭くて言えない。
僕はそんな生ぬるさと気だるさと、少しの幸福の中で生きている。
抱きしめたときのむなしさ。
ためらいがちに伸ばされた、腕。
いつかなくなることだけが頭を巡り、なくなったところで何が変わる、と意地悪な心がほくそ笑む。
「誰か、本気で好きな人できた?」
お互いが、そうであってほしくないくせに、義務のように聞く。
「まぁ、まだ君でいいかな」
曖昧に笑う僕らは、醜く、美しい。
僕らでないと築けない、不思議な関係。
泥臭くて、見るに耐えないのに、ここから抜け出せない。
靄がかかったように、はっきりしないものに、すがりついている。
はっきりしないものをありがたがっている。
依存して、ある意味信仰してやまない。
これも、あれだろうか。
俗に言う、俗的な現象。
化身。

無敵のキミ

始めは、大概統率がとれていない。
指揮が機能していないと、混乱を呼ぶ。
指揮は、偉そうであってはいけないが、頼りなくても困る。
綿密な打ち合わせ、緊急時の対処法、何かひとつでも欠ければ、今後に関わる。
何も、始めだけが肝心なわけではない。
折に触れ、定期的な確認が必要だ。
できたて、という響きは心地よい。なにせ、新しいのだ。
まだ使い込まれていない、猫を被っている、ぎこちない器。
袖を通して間もない制服。
研修中というバッジ。
緊張した面持ちで挨拶する新人。
独特の臭いがする、新車。
そのときにしか、感じられない特別な感覚。
僕はそれを大切にする。
時間以内に、と思うと、肝心なことを忘れてしまう。
謝罪や反省の機会も増えてしまう。
もちろん、謝罪や反省は悪いことではないし、失敗はするべきである。
学ぶことも多い。
その都度振り返りながら、前に進みながら、そして、迷えばいい。
おめでとう、新しいキミ。
さようなら、今までのキミ。
一緒に残って働いたことも、
上司に怒られたことも、
企画が軌道に乗って喜んだときも、
引き抜きの話が出たんだって打ち明けられて、相談されたときも、
僕はいつも最前線で、キミの理解者でいた。
統率がとれてなくても大丈夫。
雨でも風でも、大丈夫。
どこでもやっていけるさ。
応援する僕の、最後の大仕事。
大作の映画が、終わりを迎えるくらいの大団円を、プレゼントしよう。
エンドロールの一番最後は、もう決まってる。
無敵のキミ

流れ星

ここは大事だからと言われた、マーカーの箇所をまとめ直す。
たくさん引きすぎて、よくわからないけれど、大事なんだろう。
先生が声を大きくしたところも、大事だという印をつけている。これも書かないと。
こんなにきちんと聞いてるのに、僕のテストはいつもそこそこ。
基本はできても、応用がきかないんだって。
それって、僕の頭は賢くないよってことなんだろうか。
目立たなくて、成績もそこそこで、素行も悪くなくて、真ん中の評価ばかり。
それが僕。
人より少し遅いから、いつも休み時間までかかってノートを書き終える。
きれいなノートを作れば、先生は誉めてくれる。
お母さんもお父さんも、僕に勉強しなさいといわない。
普通の家で、たまに親子喧嘩もして、でもそんなに逆らわない。
だって、それが一番正しいといわれるから。
親の言うことを聞いていれば、僕はいいようになるはずなんだと、彼らはいうから。
友達は言う。
お前もたまには逆らえよ。
なんでか、僕にはわからない。
そんな意味のないこと、してどうするの。
ぼんやり、おだやか、ゆっくり。
僕に当てはめられるレッテルたち。
怒ったら、爆発するんだろうか。
知らず知らず、どこか疑問に思っていた、積もり積もったものたちが。
僕の中にも、積もってるのかな。
頭をふってみた。
首がぺきぽきと音をたてた。テスト勉強を長時間していたせいか、肩が凝っているのかもしれない。
視界が左右に揺れた。
ふって、少しは積もったのが崩れたかな。
僕が僕の殻から出るとき、僕が怒りたくなったとき、無性に逆らいたくなったとき、隣にもたれる人はいるだろうか。
この人のことだったらもっと聞きたいとか、この人だったら言えるとか、そんな人。
どんな未来を見せてくれるのかな。
一緒に、見つけてくれるのかな。
分からない答えを考えてくれるのかな。
もっと大きくなったら、どこか遠くにいる人たちの、誰かと気が合うってことも、わかるんだろうな。
友達たくさんできるかな。
早く知りたいな。
早く大人になりたいな。
あ。
流れ星。

誕生日には真白な百合を

眠い目をこすり、送信ボタンをぽちり。
君への誕生日メール。
12時ぴったりに送るなんて風習、誰が始めたのか。
面倒だけれど君が待ってくれているなら、仕方ない。
義務のようになっている3年目のメール。
どちらかがやめれば終わるはずなのに、続いている。
この一年もいい年にしよう。
二人の思い出を作っていこう。
浮かんだ言葉が定番すぎて笑いが込み上げ、でも不思議と悪くない。
二人で歩んできて確かなこと。
すぐ仲直りできること。
好みがあうこと。
くだらないことで笑えること。
やっぱ、いてくれてよかったな。
ありがとう。
「なにそれ、急にありがとうって。別に永遠の別れじゃないんだから、てれくさいよ」
君はそういうだろうか。
顔を真っ赤にしながら、本当に照れくさそうに。
かわいいね。
かわいいってなんて便利な言葉だろう。
こんなにも簡単に、好意が伝えられる。
愛じゃなくて、恋でもなくて、確かに付き合ってはいるんだけど、そんなしょっちゅう愛だの恋だの、浮わついたことは言えなくて。
だから、かわいいね。
素直に言えばいいのだけど、言えばまた、照れくさそうに君はこう返す。
「ありがとう」
言葉だけでは足りないとき、物を加える。
君の好きな花。
特別な日は真紅のバラを。
記念日は深紫のパンジーを。
誕生日には真白な百合を

旅人

買ったばかりのイヤホンが、お気に入りの音楽を流す。
アップテンポで、鳴るだけで僕のテンションはちょっと上がる。
うっかり、リズムを刻んでしまいそうになる。
こんな、都会の町中で。
リュックサックには、最低限の着替えと荷物。
重たくなるのは苦手だ。
そう思う僕は、世の中の一般と比べれば非力で、もやしっこの部類だと思う。
それでも、遠出は好きだ。
ここに、僕を知る人はいないから。
だから、大胆になれる。
店員さんに横柄な態度をとるとか、
強気な値段交渉をするとか、
かわいい子をナンパするとか、
普段入ったことのない店に入ってみるとか、
僕にできるのはせいぜい一番最後に思い付いたことくらいで、
周りに言わせれば、それのどこが大胆だ、と失笑を買う。
お店に入っても、座るのは端の席。
僕みたいなのは目立っちゃいけないし、間違ってもカフェテラスにはいかない。
おすすめのモーニングを頼むと、ガラスの器に入った、ぐちゃぐちゃに潰されたジャガイモと半熟卵の乗っかった食べ物が出てきた。
一口含むと、じゃがいもの甘みと、半熟卵のまろやかさが合わさり、なかなかおいしい。
エッグスラット、というその食べ物は、いかにも異国のような風貌を漂わせ、旅を演出してくれた。
トーストにつけて食べると、とんかつソースのような、野菜やコンソメの風味のあるソースとじゃがいもたちが合わさり、おいしい。
もちもち、とか、さくさく、というありきたりな形容詞は使いたくないが、結局のところ、似たような歯応えを感じてしまい、形容に迷う。
擬音語は簡単だ。音にしてしまえば、容易に想像がつく。
文も感性ではあるけれど、音ほど感覚的ではない気がする。
気がする、という時点で既に感覚的だし、なかには論理による音楽もあるだろうから、(あるいは、音楽すべてが、理知的で計算されたものなのだろうか)感覚的というといささか礼を逸するかもしれない。
そんなたわいのない考え事をしながらも、僕は懸命に手を使い、食欲を満たす。
特製ブレンドティーは、柑橘の香りとハーブの香りがささやかに薫る。
朝の寒さに染み渡る温かさがそこにあった。
不思議と食欲がわき、滅多に口にしないデザートメニューを所望する。
どこにでもありそうなケーキ類、ゼリー類の他、この店の名物であるというメニューが掲載されている。
話は変わるが、一度だけ、メニューよりもかなり大きく、食べごたえのある量が出てきて、驚いた記憶がある。
だいたいの想像において、メニュー掲載写真は多くて五割増、あるいは少なく見積もっても二割増くらいされているのが、僕の実感だったからだ。
国民の皆々様の所感はどうなのだろうか。
所詮僕が問うたところで、返答してくれるのは気まぐれな猫くらいだろうが。
腹ごなしを終え、リュックを背負い、会計を済ませる。
二度と会わないだろう店員さんが、どこか儚げで美しく見えた。
もう一度来てもいいかもしれない。
旅だと気が大きくなって、つい、「ごちそうさま。おいしかったです」などと声をかけてしまった。
普段なら決して口にしなかっただろう。
店員さんは少し驚いた顔で、会釈を返す。
口許が緩み、笑みをこらえきれない。
「あ、ちょうどお客さんがでてこられたようです。ちょっとお話を伺ってみましょう」
振り向くと、突如マイクを向けられる。
まさか、テレビ出演か。思わず髪を整え、身構える。
「今日は何しにこられたんですか?」
「観光」
「ご職業は?」
「旅人」

ただ僕が変わった

本日はグリーンティーホットケーキのご紹介です。
まず、グリーンティーの分量は大さじ5杯。
生姜を1.5センチ加えまして、卵1個に水150ミリリットル。
ホットケーキミックスは200グラムご用意ください。
だまにならないよう、ボウルでかき混ぜます。
油を引いたフライパンをあたため、
あたたまったフライパンは、一度濡れふきんの上にのせさまし、そのあと生地を流し込みます。
火加減は、中火、または、3で。
ふつふつと、小さな穴ができてくれば、ひっくり返し、1分ほど焼けばできあがり。
お好みでお砂糖、はちみつ、メープルシロップ、バター、マーガリンなどをおかけください。
そのままでも、ふんわりおたのしみいただけます。
焼いたベーコンを加えれば、朝食にも最適です。
来週もお楽しみに!
仕事が一段落ついて、張り付けた笑顔をそのままに、僕はテラスへと出た。
そこには既に先客がいて、僕を見つけにっこりと微笑んだ。
僕もにっこりと返し、隣に向かう。
話したことすら覚えていないくらい、当たり障りのない会話をし、盛り上げる。
向こうの、軽そうな頭と同じくらい軽く、ショーウィンドーのマネキンそのまま着せたような服と同じくらい、特徴がなかった。
何度か話しているらしく、向こうは僕に気があるらしい。
らしい、というのも、僕が察したわけではなく、人づてに聞いたからだ。
僕にその気はない。
意味のない会話が終わると、僕はいつもの帰路につく。
特別なイベントはない。
同僚や先輩、後輩との、無意味で時間だけ長い飲み会もある。
僕から誘うことは滅多にないのだが、僕発信の企画になっていることが多く、 周りからは専ら飲み会好きとして、知られている。
周りからの僕は、僕の知る僕ではなく、僕の知る僕は、誰も知らない。
おそらく誰もがそうやって生きていて、そのことに今さらなんの感慨もない。
僕はいつから、僕でないのか。
いや、前から僕は僕か。
あるいは、僕こそが僕か。
僕の中の、僕がせめぎ合う。
感慨もないとか言っておきながら、結局は人の目や、評価や、立ち位置を気にしている。
「変わってないじゃん。昔のまんまの君だよ」
「君は誰だ。変わったよ。僕は」
「そーやって、意固地になるとこも、変わってないよ。私は君を知ってる、私。君は忘れても、私はずっと君を覚えてる。変わったなら、そっか。それでいいんじゃない。それか、じゃ、みんな変わったんじゃないかな。君の周り、みーんな」
僕の中の僕がたたみかける。
「ただ僕が変わった」

恋人

吐く息が、白くなった。
鼻も手もかじかみ、僕は本日何軒目かのコンビニへと足を進めた。
青と白のトレードマーク。
お団子頭の女の子。
吊るされたポップには、茶色と白の紙コップが描かれ、ぽつんと家がたたずんでいる。
定刻を知らせるアナウンスが、時の経過を物語っていた。
温かいものを求めるつもりではあるが、その前に体温を元に戻しておきたい。
適温の店内を歩きながら、普段の癖でお菓子コーナーに行き着いた。
袋に入ったポテトチップ、紙コップのような入れ物に入ったスティックのお菓子、紙ケースに入れられた一口サイズのチョコ、駄菓子、色とりどりのあめ。
「家にあれあるじゃん。無駄遣いだよ」
「いーんだよ、うるさいなー。たまになんだから、いーだろ」
名も知らないカップルの痴話喧嘩が聞こえる。
同棲だろうか。
それにしてはずいぶんと、年が離れている気がする。
家族だろうか。
いや、手を繋いでいることから、家族は除外か。
手を繋ぐ家族もいてるだろうけども、余計な詮索はこの辺りにしておこう。
窓の向こうに目を向ける。
漫画雑誌を立ち読みする少年たちの隙間を通りすぎる人々。
ある人は、襟をたてて背を丸めて、またある人は足早に、コートの前を引き寄せて。
誰もが、家路を急ぐ。
僕は急がない。
ただ、いつかは帰らないといけないけれど。
帰りたくない。
体温は戻った。
家までは、歩けばあと10分。
いつかは、10分ではなかった。
15分、あるいは、20分。
それくらい、気持ちを沈めつつ、表情を取り繕いながら早歩きをしても、時間は長く感じられた。
着けば、笑顔で迎える人がいた。
何度経験しても嬉しい、恋の高鳴り。
初めの頃の初々しさ。
どれくらいの月日がそうさせたのか。
いつしか、家路への足取りは重く、遅く、帰りたくない気持ちへと変わっていった。
決定打はなんだろうか。
思いっきりおならをされたとき。
休みの合う日に、今日は遅くなるからと言われたとき。
足でテレビのリモコンを操作したとき。
鼻をほじった手が、そのまま口に向かっていったとき。
目の前で化粧されたとき。
挙げれば、きりがない。
それまでは目をつぶれたことも、気に障りだす。
それなのに、帰るとこちらに目を向けずに、ぼそっと呟かれるおかえり、がなくなることは想像できない。
なぜか、微笑まで浮かびそうになる。
誰か他の人が君を選ぶなんて考えられないけれど、君が僕以外の、他の人を選ぶなんてことも考えたくない。
情だろうか。
何気ない事実に気づき、久々に、身も心もあたためられていく。
この存在を、人はこう呼ぶ。
恋人。