創作再開しました。不定期更新です

まぼろし

人をひどく信用するし、全く信じない。
勘は鋭く落ち込みやすい。
占い師らしからぬ占い師の言うことを話半分に聞き流していた。
そう言われればそうな気もするし、違う気もする。
だいたい、生年月日で僕のことが手に取るようにわかるのが胡散臭い。
信じれば救われるというのなら、僕に童心を分けてほしい。
信じたいが信じるに足らない。

しんどいときに頼れる人間を、僕はあまり知らない。
僕がしんどいと感じたとき、電話帳で呼び出されるのは決まっていた。
連絡無精なため、かけられた相手は開口一番で僕の不調を案ずる。
繕わず話せることが心地よい。

言葉が海のように溢れだし、波打ち、暴れ、また落ち着きを取り戻す。
聞いているだけでいいということを、大抵の人は学ばない。
取り繕う言葉を並べてみたり、自虐で和ませようとしたり、教訓めいたことを言い自己満足に浸る。

なぜだろう、と疑問をぶつけたことがある。すると聞き手は僕に、

「みんな自分が好きで自分のものさしでしかものを考えられないからさ」

凛と澄んだ声を響かせた。
僕が求めていた答えのような気がして、いつか僕が似たような相談をされたときは、同じように返そうと決めている。

荒波を越え僕は平生を取り戻す。
また荒れる日まで僕は連絡をしない。
荒れてないときに連絡をしてこいとせがむほど、向こうも熱心ではない。
気前がいいのか、何も考えていないのか。
向こうの愚痴を僕が聞いたことはない。
自己消化するんだと言っていた。

悪意は腹を壊す。
不自然に腹が膨れ、妙な圧迫がある。
憎悪という胎児が宿り、産まれる。
醜い感情を、僕は自己消化できない。
育ちきった憎悪が産まれる痛みは辛く、出ていった後も尾を引く。
そして、またすぐに宿る。

これが僕か、お前が僕か。
産み落とされた我が子の面をついぞまともに見た記憶がない。
平生から逃れさせてくれない影。

まぼろし。

Gang★

すすけていて、先など見えない。
紫や赤などの薄暗い照明と、煙。
今日ここに来ているのは、目にくまをこしらえ生気のない痩せぎすの男と、好色さを顔面に滲み出させた脂ぎった男。
そして、口元にだけ微笑を浮かべた憎々しいほどに脂肪を蓄えた女。
ああいう追従のできる女が、モテるのだと気づいたとき、私は世の中を憂いた。

「あの子ったら、ほんっと気が利かないのよぉ」

普段、あと2段階は低い声で話す。
創りあげられた吐き気がするほど甘く、舌足らずな高音。
そして、あの子は私。
何度も聞かされてきた、気の利かなさを変える気はなかった。
どう振る舞ったとしても、私には不幸な時間しか訪れない。

寝る以外の快楽がない。
敷布団と掛け布団の間に足を差し入れるとき、僅かな温もりと冷たさを感じる。
その日の部屋の温度によって、足に伝わる温度も変わる。
その小さな快楽を、人に打ち明けたことはない。

足を滑りこませ、柔らかな枕に頭を委ねると、とりとめのない物語を始める。

夢の中の私は勇敢な男。
愛用の革ジャンに身を包み、肌は浅黒く日焼けしている。
使い慣れた白のバイクに乗り、さっそうと各地を旅する。
エンジンがかかり、足を蹴れば、どこにでも旅立てる。
荷物は最小限。座席下に積めるくらいが身軽で好きだ。

社交的で、友達も多く、仕事が休みの日は時々友人同士集まりパーティをする。
茶髪で愛用のタバコがやめられず、彼女に怒られるときもある。
クセに近いものだから、つい食後や不意の口寂しさを感じてしまうと、吸う。
仕方ないと思うのと、彼女の心配する声との板ばさみで困ってしまう。
日に1箱。値段がかさむから、高いのと安いのと2種類を吸う。

筋トレは欠かさない。ジムも週に3回は通うことにしている。
鍛錬の結果腹筋は割れ、服を脱いだときに女性がうっとりと漏らすため息が、最高に気持ちいい。

ソリマチとか、アイカワとか、そういうのに似てるとよく言われ、正直もてた記憶しかない。
遊ぶ金は潤沢にあり、今までさほど勉強せずとも、素質を活かしてきた。

いわゆる勝ち組。
多少ヤンチャしても許されるキャラだったし、本当にヤバそうな、刑事告発されそうなことは避けてきた。
勤めているところを言えば誰もが知っていて、何度か目の敵にしてきた相手もいたが、負け犬の遠吠えでしかなかった。
さらに、実家は脈々と続く由緒ある家柄らしく、育ちも悪くないと自負している。

ツイてると思うし、実際いい事しか起こらない。
人生なめてんだろ、って冗談交じりに言われたことがあるが、マジなめてる。
何でもできて、辛いことなど考えたことがない。

いや、嘘。
こんなツイてるのに、一抹の、よく分からない不安だけはある。
これが、いつまで続くのか。
満たされてるのに、何か足りない。
本当は気づいてるけど、気付きたくない。

見慣れた壁が見え、聞き慣れた音楽が流れる。
視界の隅に宝物が映る。
着古され擦り切れたTシャツの、何度も見飽きるほど見てきた文字。
私の夢。

「Gang★」

何度でも花が咲くように私を生きよう

名前を呼ばれ、扉を叩く瞬間私の脳裏をよぎるのはいつだって、あの扉。

あれは、15年前。
私は母のあつらえた洋服に身を包んでいた。
被服科を出た彼女は布地を買ってきては、私を着せ替えた。
市販品ではないそれが私だけの特別なもののような気がして、嬉しかったのを覚えている。

「どうぞ」

些末な中身は記憶にない。
ただ、あの時叩いた扉の淡い木目と、重厚な造りをしたドアノブを、私はずっと忘れられずにいる。
型通りの質問。
事前に何度も念入りに打ち合わせた内容を、口が勝手に話す。
当然ながら、微笑みも絶やさない。

見られること、話すことに慣れていた。
どう話せば喜ぶのかも、子どもながらに心得ていたつもりだ。
いわゆるおませさん、と言えば伝わりやすいだろうか。
私はそんな、大人からすれば扱いやすく、同級生には一目置かれ、ある意味では気難しい子どもだった。
だからあの日も、大人を上手く騙せる気でいた。

「貴女はこれから、何のために生きますか」

予定外の質問に、1番してはいけない沈黙を作ってしまった。
焦りが失敗を生み、なんと答えたのかも分からないくらい、思考が乱れた。
陰鬱な面持ちで私は帰ってきたらしい。

結局その日を境に、私の人生は少し変化があった。
それまで呼ばれていたお仕事の数々が雨露のごとく消え失せ、普通の女の子に戻ったからだ。

最初は特別さを失った悲しさがあったが、時間が解決していった。
時期としても、ちょうどその頃が潮時だったのかもしれないと思う。
入れ替わりの激しい世界だし、仕事がなくなっても気丈に振る舞えるほど、私は強くなかった。

実年齢より少し綺麗なだけの女性。
今となっては誰も昔を知らない。
だったはずなのに、また光を求めた。
はいて捨てるほどいる、元〇〇。
需要なんてない。
一縷の望みが私をこの世界に繋ぐ。

いいね、と言ってくれる人のため、
私は今日も扉を叩く。
あの日出せなかった答えを、今も出せずにいるけれど。
ひとつだけ大きな決意はある。

何度でも花が咲くように私を生きよう。

明日のSHOW

緩やかな脱力ののち、吐息が溢れる。
力を抜く心地良さは、味わった者にしか分からない。
噴き出る汗を持参した柔らかなタオルで拭き取り、お茶で喉を潤す。
仕事帰りの疲れた身体に鞭打ち、ジム通いを始めている。
同年代くらいがいれば、若い大学生くらい、老齢まで、年齢層が幅広い。
この街にいる人ばかりではないだろうが、電車で通ってまでだとするなら、熱心なものだ。
ターミナル駅のため、通いやすいんだろうか。
いつ来ても、僕が来る頃には全体が熱気に包まれている。
時折歓談する男女を見かけるが、どちらかというと黙々と目も合わせず鍛える人が多い。
僕が気付いていないだけで、出会う人たちもいるんだろうか。
僕の預かり知らぬところで、僕に迷惑さえかけなければ、好きにしてくれたらいいと思う。
一人で身体を動かしていると、ふと口先を尖らせ緊張をした面持ちの女性が通り過ぎる。
落ち着かなく目を漂わせ、事務的に何個かの機械を手に取り、冷やかし程度に体を動かしている。汗をかく様子もなく、そそくさとその場を去っていった。
彼女もまた最近始めた一人だろうか。
真新しいトレーニングウェアに、靴。
機械と距離を計りかね、人とも一線を引いているようだ。
ふと、先程の女性が置き忘れたであろう、青いボトルが目に入った。
入会するとき半ば強制的に勧められる、効果の甚だ怪しい飲料である。
ジムの各階に補給機が設けてあるため、利用者は少なくない。
頑として効果を認められない僕は、インストラクターの必死の販売文句に黙秘で勝利した。
それはそれとして、入会した人の氏名が入っており、共通の容器でも区別がつくようになっている。
「すみません、〇〇さん。」
僕を認めるや否や、不思議そうに、やはり緊張で唇は尖らせたまま、頷く。
消え入るような、しかし可憐な音を響かせ、瞬時に僕は魅了される。
興奮冷めやらぬ僕を他所に、事務的な受け取りを済ませ、彼女は去っていった。
帰路、偶然目の端に彼女を捉えたとき、僕は勇気を振り絞り近づく。
決して不審に思われてはならない。
その気持ちがある時点で申し分なく不審であるが、細かいことを気にしてはならない。
たとえ1%に満たない確率だとしても、僅かな期待を胸に僕は歩む。
輝く未来への一歩。
明日のSHOW。

squall

たとえば、誰か大切な人が死んで、僕は泣き崩れる。
周りは僕に同情し、慰める。
死を悼み、思い出しては泣く。
数年もすれば、時折思い出す程度になり、年月がたてば、誰か他の大切な人を見つけるかもしれない。
たとえば、誰か大切な人が死んで、僕は憔悴するほど死を悼む。
現実を直視できず、ふとある日、その死んだはずの誰かを感じる。
まだいるのだ。
まだいて、感じる。
笑い合うこともあるし、泣きたい日には共に泣く。
一緒にいた頃と何ら変わりなく、他の人にも僕の目にも、実体がないだけ。
当然大切な人がいるのだから、僕は他の誰も愛さない。
たとえば、大切な人が死んで、僕は泣く。
いや、泣かないかもしれない。
あぁ、いないんだ、という虚無感が僕を包む。
じわじわと哀しみが僕を纏い、それでも、泣くに泣けない。
周りからは非難轟々。
周りの非難から逃げるように、僕は殻に閉じこもる。
それは、共に過ごした振り返りかもしれないし、新天地の開拓かもしれない。
ほとぼりも冷めた頃、僕は急に泣きたくなる。
大切な人がいた場所、感覚、全てが僕に降り注ぐ。
周りはもう、忘れてしまっている頃かもしれない。
それでも僕は、大切な誰かを今日も思い出す。そして、悼む。
たとえば、大切な誰かが死んで、思い詰め、僕はその人と同じ所へ旅立とうとする。
手段はたくさんある。
今すぐ会いに行くよ、待っていてねと。
その人のいない世界など僕には考えられないから。
だから僕は、間違っていない。
そう思って。
悼む正しさはどこにあるのか。
正しさなどないかもしれない。
僕は、君を失ったらどうするだろう。
君にそう問いかけてみた。
分かんないよ。そのときの君が決めれば。
どうしたって、いいんだよ。
その答えを聞いて、僕は君といて、君を選んで、君も僕を選んでくれて良かったと思うのだった。
雨が降る。
涙のように激しい雨。
Squall

DRIVE-IN THEATERでくちづけを

君を迎えに行くよ。
そんな台詞が僕の頭の中で、不意に鳴る。
僕はいつだってこの世界から飛び出す準備をしていて、実際に出られるのを待っている。
世の中では圧倒的多数で男が女を迎えに行き、おしゃれなお店に連れて行く。
甘い酒に付き合い、後でラーメンでも食べたくなるくらい少ないご飯に舌鼓を打つ。
酔っちゃったと肩に頭をのせられ、お会計は男が払う。
これが世の中の圧倒的多数。
割り勘だったり、女が払ったり、そんなこともあると思うけれど。
酒に弱い僕は、酔っちゃったと言いたいし、仕方がないなと支払いを任せたい。
気がつけば服を脱がされ、暗転し朝を迎えたい。
何時間でも膝枕されたいし、できれば養われたい。
何より働きたくない。
僕は童話のキリギリス。
楽しいことだけしていたい。
現実から逃げたい。
家事も仕事も放棄したい。
僕が好きでたまらなくて、僕がいるだけで良くて、お金をくれる人。
できれば美人で若くて可愛くて、仕事も家事もこなす人がいい。
触れない世界に興味は持てなかった。
でも、触れる世界で触ったことはない。
僕は鏡を見る。
いつそんな人が来てもいいように、扉は開けている。
身だしなみも悪くない。
免許はない。
まだ見ぬその人が、僕を導いてくれる。
だから僕には必要ないのだ。
彼女の運転する車に、様々な音が広がる。
髪をなびかせ、時折歌を口ずさむ。
僕の全てが、彼女の理想。
彼女の全てが僕の理想。
理想の二人が奏でる愛のハーモニー。
自然と距離は縮まる。
タイミングをはからずとも、その時は訪れる。
今日もそう。
DRIVE-IN THEATERでくちづけを。

とりビー!

真横に置かれた、グラスに映る顔。肉を頬張るそれを見て、年齢を意識した。
ほんの少し前までは、若く見られていて、老けて見えるよう、貫禄を出せるようこころがけていた。
よく冷えたビールをうまい、と無理やり飲んでいたし、うっすら生えるひげを伸ばしてみることもあった。
自分を自虐的に年寄りだと言うこともあった。
僕は、年寄りになっていた。
言葉は言霊。本当のことになるから扱いに気をつけたほうがいいと、変わり者の奴に言われたことがある。
少し出た腹を撫で、本当にうまくなってしまったビールを流しこむ。
付き合いで頼む脂っこい料理を好むようになったし、塩辛い体に悪そうなものも好きになった。
聞き慣れた着信音。
「今?宅飲み中。オジサンの晩酌、付き合ってくれない?」
実際、オジサンに変わりはない。アラフォーだ。
電話相手もだが。
「しゃーねーなぁ。王子が言うなら、いっちょ行きますか」
彼女は僕を王子と呼ぶ。
僕は彼女を姫とは呼ばない。
呼んで恋愛になるのが怖いから。
アラフォーの恋愛など、数年振りの恋愛は僕の範疇に負えないから。
僕はずっと、彼女を名字で呼び捨てる。さん付けしないのは、せめてもの親しみアピール。
彼女の明るさと親しみやすさに、僕は救われる。
恋人でなく、もっと気軽なオトモダチ。
オトモダチからの格上げを、もしかしたら願われているのかもしれないけれど、今日も気づかないふり。
いつまで、我慢してくれるかな。
いつか、彼女は去っていくのかな。
何も言い出さない僕を見切って。
彼女が来るまであと数分。
涙の跡は悟られないよう、小細工を始める。
本当は泣き虫の僕。三つ子の魂百まで。
変わるわけないじゃん。
こんな僕を、愛してよ。
言えるわけない。
もう少し腹が出て、もう少し顔に肉も付いて、彼女が僕を王子と呼ばなくなったら、そしたら、言ってみようかな。
やっぱり言えないな。
さて、来るまでにもう一本。
とりビー!