創作再開しました。不定期更新です

貝のめぐり合わせ

リクネタ「御簾にこもる殿方」その1


日がな御簾に篭もるわれのことを、人は御簾の君などと茶化しているらしい。
遊びや茶会には興味がない上に、のし上がる気もない。
上流でない貴族の、私生活に味がある方がおかしいのだ。

仕事が終わると家に戻り、我が家の仕事に取り掛かる。
遊んでいる暇がないと言った方が正しい。
前当主直々に指名されたわれが、役目を仰せつかった。

「貝合わせ」の編纂である。
ご先祖がお告げを聞いたとき以来、われのような「貝合わせ役」が先代の没後指名される。
このお役目のせいで妻もめとれず、侘びしいことこの上ない。

今日も貝とにらみ合い、差を見極め、優劣を付けその理由を記す。
来る日も来る日もわれが死ぬまで続く。
貝などなくなってしまえばいい、と海にでかけ貝をすくって放置して帰ったら、次の日から1ヶ月間謎の体調不良に襲われ死ぬかと思った。

御簾の君などと揶揄されていることからお察しの通り、このお役目は内密である。
というと聞こえは良いかもしれないが、当人にとっては報われない先の見えぬ仕事を、延々とこなしている虚しさしかない。

「おお、いっそこの世の者とも思えぬうるわしいおなごが、貝から産まれてこればいいのに!」

「ねえ」

気配のない来訪者には毎度驚かされる。

「はて、どなたかな」
「はまぐり」
「住まいは」
「ここ」

目をこすっても、まばたきしても、頬をつねっても、疑いようがなかった。
われの背後に、8歳くらいの女の子どもがいた。
兄夫婦に仕えている童ではなさそうだ。
彼女について調べても生家が分からず、仕方なく我が家で住むことになる。

それからのわれの暮らし向きは、少し変化した。
仕事が終わると狙いすませたようにはまぐりがいて、彼女と貝合わせをした。
頭のいい子で飲み込みが早く、仕事もはかどる。

「それが今の蛤の方だと。できすぎた話だね」
「われはうそをついていない。事実そうだったのだ。だから出自は分からぬ。」