創作再開しました。不定期更新です

少年

前何も考えんでも食えてたもんが、食えへんくなった。
部活で言うたら、俺もオレもって話になって、みんな同じなんやってなった。

豆とか、よー分からんもん炊いたんとか出されたら腹立って、食わへん。
やりたいことはやる気出るけど、それも、やろと思てるときに言われるとへこむし、やりたなくなる。

俺こんなんやったっけ。
弁当食い終わっても腹減るし、楽しいことしてるときはめっちゃ楽しいけど、楽しない時間が増えた気する。

大人ってリフジンやと思うことも増えた。
あいつら自分の都合ばっかり押し付けてきよる。
ほんま、きしょいしだるい。
自由になりたい。
俺、色んなことに縛られまくってる。

仲ええ友だちだけの世界とか、楽しすぎやろ、とかも思う。
もっと大人になって、もしえらなったら、そんな風に変えてみたい。
そしたら、俺みたいに嫌な思いする奴おれへんくなるやろ。
俺こんなこと考えてるん、すごない。
ま、誰にも言うたことないけど。

あと、もう子どもちゃうねんし、自分でやれることもある。
忘れもんないかとかいちいち口出ししてくんのもイライラする。
学校も、だるい授業出るくらいやったら、全部部活とかゲームする時間になったらええのに。
しょうみ、勉強とか何の訳に立つねん。

別に不良とはちゃう。
親の言うこと、せんせの言うことよう聞くいい子ちゃんもちゃう。
ふつーの、いや、ふつーよりは、ちょっとおもろい奴や。
将来の夢も、かっちり決めてへん。
正義のヒーローみたいに暑苦しい奴はかなわん。
でも、なんかこう、すごいなって言われる奴にはなりたい。
ほんなら勉強とか努力とか、そういう大人が好きそうなことせなあかんらしい。
俺かて、やればできるんや。きっと。

今日も朝から、隣のクラスでトイレットペーパー廊下に撒き散らした奴のせいで、俺らは怒られた。
俺は毎日、誰かに怒られてる。
みんな、陰口たたかれたり、たたいたりする。
女みたいできしょいけど、俺が言わんかったら、いじめられるし。
流されてる自分嫌やけど、変えたいなって思うけど、どうすればええんかわからん。
きっとほんまの自分はどこかで隠れとって、いつか、顔出してくれるんやってそう思てる。

家出して、一人で生きていくって、決めてみたらどうやろ。
そないしたら俺も、大人になれるんやろか。
できるんかな。
部活とか、家とか、学校とか、そういうのん何も知らん人たちにもまれて、生きていく。
周りからしたら俺らはみんなひとくくり。

少年。

言い出せなくて…

「練習したんで」

最近切ったという、前までよりもかなり短く切りそろえられた髪が、風で少し揺れた。
前髪を真っ直ぐに眉毛より上で切るのが、流行っているらしい。
そう言われれば確かに、テレビでも電車でも、そういう子をよく見る気がする。

クーラーをきかせ過ぎたのか、肌寒い。
彼女の声のトーンがまだ低く、心の琴線に触れたのかと、怖くなる。
口元は僅かに微笑んだようにも見えたが、緊張しているのか、楽しくないのか、にこやかではない。

少し薄暗くて、禁煙と聞いたのにタバコの匂いがきつくて、僕らの距離感を無理やり詰めるため神様がいたずらしたのか、部屋は狭かった。
彼女の年齢的に、僕が普段ほっつき歩く場所よりはこういうところの方がいいだろうと思ったのだが、気まずい。

「歌うと、声高くなるんですね」

うまいんですね、と世辞を言わないところが彼女らしいが、これだけ好意を持たれていながら言われないとなると、僕の歌声は相当悪いらしい。

彼女のことは、あまり良く知らない。
僕がよく話していたのは、彼女の友だちだった。
暗くて、表情が読めなくて、僕のことが好きなんだろうということ以外、何も知らない。

少し昔、根っからの文系だろう彼女が、赤点防止のためと称しては、僕のところに何度も押しかけてきた。
何度も経験してきたことだし、正直彼女に全く興味を持てなかった。
それと同じくらい、何度も何度も聞きに来る割に、彼女の成績はちっとも良くならなかった。

恋のキューピット気取りで、彼女の友だちが場を取りなし、今日に至る。
質問攻めの過程を経て、彼女は恐ろしいほど僕を知り尽くしていた。
僕の好きな歌手しか歌わない。
褒め言葉も使い果たし、反応も冷たく、正直もう出たい。

「今度は、3人でこよっか」

なるべく、にこやかに微笑み、彼女も頷いてくれた。
彼女は楽しいんだろうか。
きっと僕といたら楽しいのだろう。
伝え聞きで教わった。

こんなにも好かれているのに、僕はちっとも彼女を好きになれない。
そして彼女もそれを分かっている。

僕らはこれからも、こうして会い続けるんだろうか。
彼女が、僕以外の別の誰かに夢中になるまで。
好きでいてくれるのだから、好きになればいいのに。
どうして僕は、好きになれないんだろう。

帰り道、LINEに届くメッセージ。

「どうだった?」

おせっかいな君。
彼女の友だちで、僕とも友だちで、何度も君とも出かけた。

僕は君が好きなんだ。
言い出せなくて…

家族になろうよ

誰に何を言われても、変えられなかった。
10以上も下の恋人。
私は30、相手は大学生だった。
周りの視線は痛くて、遊ばれているだけと何度も繰り返し諭された。

最初は相手にしてなかった。
お酒をたくさん飲むし、私の知らない遊びを楽しんでいたし、共通の友人が誘った飲み会にいたときも、ほとんど話さなかった。

向こうから連絡が来たときは驚いたという言葉で言い表せないくらいで、怪しげなビジネスの勧誘を疑った。
恋愛での失敗も駆け引きも、この歳になると一通りし尽くしていて、だから彼から見た私はどこかしたたかだったかもしれない。

そんなしたたかさが、彼には新鮮だったんだろうか。
いや、彼は年齢の割に遊んでいただろうから、そんな小手先の技術、意味がなかったのかもしれない。
定番の喜ばれそうなところを抑えて喜んでいたから、おそらく単純なんだろうけど。

もちろん喧嘩はたくさんした。
ちょっとのどが渇いたと入ったのがファストフード店で呆れ、帰ると踵を返した日もあった。
帰る意味が分からないと怒られ、世代差なのか環境の差なのかを感じた。

親に紹介する日も服装から手土産まで指定し、随分と揉めた。
逆に紹介されたときは急なタイミングで、手土産を用意する暇すらなく、恥をかかされ彼を怒鳴った。

ドライブ中に俺んちこの辺なんだよね、と寄られたら、世の女性の誰もが怒り狂うと思う。
おまけに運悪く食事時で、気を遣われてしまった。
お詫びに伺ったときは息子の失態を逆に謝罪され、申し訳ない気持ちになった。

思い出すとまた腹が立ってきた。
そんな大喧嘩してまでなぜ別れなかったのかと聞かれると、透けて見える30歳という年齢の壁のような気もするし、半ば意地のようなものもあった気がする。
何より、私の親が彼を見て戸惑いながらも、きちんと就職先があることを知ると喜んで承諾してくれたことが背中を押してくれた。

付き合って月日が経つごとに、いつの間にか私が彼に夢中になっていた。
墓前で祖父母に報告をしたときには、滅多に見せない真剣な顔で、手を合わせてくれた。

「こういう昔ながらのはかっちりしなきゃだめでしょ」

と言った彼が、スーツにスニーカーで現れ、苦笑しながらも愛しいと思った。
彼の底抜けの明るさに、何度も救われた。

いつか生まれた子どもが大人になっても、私たちは手を繋いで街を歩ける気がする。
その頃私はおばあちゃんで彼はおじさんで、そのうち杖をついていても、目が悪くなっても、やがて歩けなくなっても、笑っていられる。

使い古されていて、ありきたりな言葉だけど、私はとても幸せ。
これからもずっと、彼がいるだけで。

今も言われた一字一句残らず、きっちり再生できる。
色鮮やかなプロポーズの言葉。
まず最初はこう。

家族になろうよ


ーーーーーーーーー
奥様ご懐妊報告記念。
おめでとうございます。

桜坂

最初に交わした言葉はなんだっけ。
君がおかしそうに、たくさん笑っていたことは覚えている。
僕はいつも道化役で、必死になって面白い人、おかしい人になりきった。
どちらかというと、輪の中心にいた気がする。

君は友だちと眺めながら、顔を見合わせ、笑ってくれた。
君が笑うと頬がうっすら染まり、いっそう魅力的に見えた。

振り返れば二人で話したことなんてほとんどない。
遊んだときに付いてくる人。
お互いがそう思っていたはずだ。
頻繁に集まるグループで、君をよく思った奴から聞かれたもんだ。

「ねぇ、あの子って彼氏いる?」

聞いてくる奴ら全員が、ほとんど一緒にいる僕のことは彼氏と思わなくて、そう思うのに無理はないほど僕らに接点はなかった。

ろくに話したこともないくせに、僕は気づけば君を目で追っていた。
君が髪を切ったときも真っ先に気づいたし、口紅をピンク色に変えたときは赤よりも似合っていると言いたかった。
誕生日も忘れたフリをしたが、忘れたことがない。
君が何気なく言っただろう、過去の話も、今も覚えている。

「家では暗いんでしょ」

どの程度本気で言ったんだろう。

「おっ。わかっちゃう系か。マジそーなんよー。チョーネクラっつーか、どよよーん的なねっ」

いつもの調子で流せただろうか。
見ぬかれたことより嬉しさが勝って、前よりずっと君を知りたくなった。
朝起きて横に君の顔があればと、未来を想像した日もある。

手を繋いだらどんな感触だろう。
髪を撫でたらどんな顔をするのかな。
二人向かい合って座ったら、どんな話をしよう。
君に似合う、服も見に行こう。

精一杯の勇気を振り絞って、冗談ぽく言った言葉は本気だった。
君は本気で言ってくれたのか、冗談として言ったのか。
真意を確かめる度胸が僕にはなかった。
その日から僕の歩む道はずっと下降し続けている。
やがて馴染みのいない見知らぬ街で働くことになり、君はまだあの街にいる。

知らぬ間に僕の横にいた奴と付き合い、式を挙げたらしい。
式には、行かなかった。
どんな理由にしたか忘れるくらい、情けないことを言って。

君は今も心を惹きつけてやまない。
思い出すたび、降り続けている坂道に、儚い記憶の花が咲く。
薄紅色に包まれた、見渡す限りの絶景。

桜坂。

僕は咄嗟に嘘をついた

リクネタ。
乃木坂46「僕は咄嗟に嘘をついた」の歌詞から創作。


「好きだ!ぼ、僕と付き合ってください」

当時流行っていた少年漫画の真似をして、それは、校庭の鉄棒で行われた。
告白の相手が知っていたかどうかわからない。
僕はとにかく、告白がしたかった。
そして彼女が欲しかった。
それだけだったから、細かく覚えてない。

交換日記をしたり、おそろいのものを持ったり、帰りに一緒に歩いたり、休みの日、近くの公園に行ったり、ファストフード店で長話したり、デートらしいデートを、僕たちはした。

けんかをすることもあったが、だいたいはうまく過ごしていたと思う。
夏休みが終わり2学期に入って、君がやってきた。
隣の席に座った君と目があったとき、きれいだと思った。
みんな同じ黒い瞳なのに、君のは吸い込まれそうで、深く印象に残るまなざしだったのだ。

転校生がきれいだからと言って、浮気するわけではなく、相変わらず僕は彼女と仲良く過ごしていた。
でも、彼女と付き合いながら、僕は君のことばかり見ていたのかもしれない。
はっきりと君が好きだと思ったのは、君に声をかけられたあの日だった。

「本当は彼女のこと、好きじゃないんでしょう」

全て分かっている、という風な断定的な口調だった。
間をあけず僕の口は、

「いや、好きだよ」

そう言ったような気がする。
付き合っている彼女のためを思って言ったのかもしれない。
いや、そのときは本当にそう思っていたのかもしれない。
正確に、なんと答えていたかは記憶にない。

おそらくだが、そうだとは言っていないはずだ。
言っていたら、君の言う「好きじゃない」を肯定することになってしまう。
答えたことはしっかりと覚えていないのに、答えたときの君の目が美しく、みとれてしまったことだけは、覚えている。
それで僕が君を好きになったことも。
今も覚えているくらいだから、相当心に残ることだったんだろう。

その後彼女とは、自然に別れてしまったけれど、僕と君とが付き合うことはなかった。
君のその後を詳しくは知らない。
この間同窓会で集まったとき、噂で君は僕を好きだったんだと聞いた。
君が今どこにいるのかも、どうしているのかも、聞かなかった。
僕らは二度と交わることがない。
それで良かったんだ。

かぶ草子

リクネタ「御簾にこもる殿方」その2

男は真名扱えてこそ一人前。
貴族の長男として育てられたため、礼儀作法と教養は否が応でも身に付いた。
代々殿上人で上の中の部類。暮らし向きも悪くない。
11歳で元服を済ませ、父と同じ役職を与えられるはずだった。

あと10年、いや、50年早ければ。
時代は上流貴族のみが良い職につけるように変わっていった。
代々先祖が守り抜いたであろう場所は、勢力争いの末奪い取られた。

世を儚んだ母はこの世を去り、父とて急激な老け方をした。
そして「わ」は、あろうことか、「妾」という扱いにされた。
小柄で元服前ということもあり、姫のようであると。
その提案は、妾の元服を手伝う予定であった、ある有力者がした。

幼子が男だか女かだの、親しい家柄であれ、そう分からぬというのだ。
事実、近ごろ妾は御簾の姫君などと呼ばれているという。

後継ぎとして次男を可愛がっていた父は喜び勇んで賛成した。
決して仲違いをしていたわけではないが、亡くなった母君の子である家柄の後ろ盾がない「わ」より、良家出身である次男の母君の機嫌を取るほうが良策と考えたのであろう。

噂を聞きつけた貴族の文が、届くようになった。閑職とはいえ、殿上人の娘である。
今まで噂にならぬくらいの美人な箱入り娘だと、評判はなぜか上々で笑いそうになる。

慌てて伸ばし始めた髪が床を這うほどになった頃、その文は倍になった。
和歌の素養があり字もどちらかというと女らしかったらしく、疑われることがない。
世の中の男どもはこうも頭の弱い連中ばかりだとは。
それでも妾は婿を入れるわけにはいかなかった。

事情を知るのは、身内以外だと側につかわせているうちのひと握りである。
知らぬ者は軽々しく妾の入内を目論む者までいた。
日がな御簾を下げ、決して顔を見せない。

油にまみれた髪と、重い着物を引きずり歩くときほど惨めな気持ちになるときはない。
妾はいつまでこの身分を続けなければならないのか。

鬱々とした気持ちを晴らすのは、物語であった。男であれば読むのを止められるかもしれない少女趣味な手慰みも、読む間は異世界を味わえた。
やがて妾は飽き足らず、己の境遇を決して妾と分からぬように書き記す。

『かぶ草子』
手慰みのつもりだったため、昨日食べた野菜を頭に付けただけのものだ。それなのに、困ったことに侍女が続きをせがみだし、架空の恋愛要素も加えたものに変えると、たちまち流行してしまった。

時を同じくして、妾に時の帝の姫君から、紙をいただき執筆の御命令まで頂戴する。
思わぬ日の当たりようから、父も宮仕えを勧める始末。

「もっとちこう寄りなさい。御簾の君。」

涼やかなお声。あろうことか、物語と同じように、帝の姫君に恋心を抱くことになるとは。
入内してもおかしくない年頃の、身分のある娘が宮仕えするのを、父上はどう誤魔化したのか。
もはやそんな疑問などどうでもいいと思える素敵なお方だった。

殿方に仕えられぬ身なれば、奥方に立派にお仕えし奉ろう。
妾の内に秘めた思いを、悟られぬよう。

貝のめぐり合わせ

リクネタ「御簾にこもる殿方」その1


日がな御簾に篭もるわれのことを、人は御簾の君などと茶化しているらしい。
遊びや茶会には興味がない上に、のし上がる気もない。
上流でない貴族の、私生活に味がある方がおかしいのだ。

仕事が終わると家に戻り、我が家の仕事に取り掛かる。
遊んでいる暇がないと言った方が正しい。
前当主直々に指名されたわれが、役目を仰せつかった。

「貝合わせ」の編纂である。
ご先祖がお告げを聞いたとき以来、われのような「貝合わせ役」が先代の没後指名される。
このお役目のせいで妻もめとれず、侘びしいことこの上ない。

今日も貝とにらみ合い、差を見極め、優劣を付けその理由を記す。
来る日も来る日もわれが死ぬまで続く。
貝などなくなってしまえばいい、と海にでかけ貝をすくって放置して帰ったら、次の日から1ヶ月間謎の体調不良に襲われ死ぬかと思った。

御簾の君などと揶揄されていることからお察しの通り、このお役目は内密である。
というと聞こえは良いかもしれないが、当人にとっては報われない先の見えぬ仕事を、延々とこなしている虚しさしかない。

「おお、いっそこの世の者とも思えぬうるわしいおなごが、貝から産まれてこればいいのに!」

「ねえ」

気配のない来訪者には毎度驚かされる。

「はて、どなたかな」
「はまぐり」
「住まいは」
「ここ」

目をこすっても、まばたきしても、頬をつねっても、疑いようがなかった。
われの背後に、8歳くらいの女の子どもがいた。
兄夫婦に仕えている童ではなさそうだ。
彼女について調べても生家が分からず、仕方なく我が家で住むことになる。

それからのわれの暮らし向きは、少し変化した。
仕事が終わると狙いすませたようにはまぐりがいて、彼女と貝合わせをした。
頭のいい子で飲み込みが早く、仕事もはかどる。

「それが今の蛤の方だと。できすぎた話だね」
「われはうそをついていない。事実そうだったのだ。だから出自は分からぬ。」