創作再開しました。不定期更新です

或る女

これが最後だからと渡された茶封筒には、皺だらけの一万円札が入っていた。額はいつも通りながら、本当にこれが最後と念を押されたことに顔をしかめ、礼もそこそこに立ち去りながら、女は金の使い道を考えて歩く。馴染みの居酒屋で溶かすもひとつ、上等の鞄に変えるもひとつ、久しぶりねと男に貢ぐもひとつ。

そこまで考えてくしゃみをひとつし、あまりに寒いからとりあえず何処か手近な喫茶店で珈琲一杯、暖を取らなければ思考もまとまらないと独り言を言い、歩みを進める。

昼下がり、お昼どきのピークは超えて少し席にゆとりのある店内は心地よく、いつものタバコも美味しく感じる。珈琲とタバコとを吸っている間は、思考もまとまり穏やかに微笑むことができる気がした。貧乏くさいと思いながらも、もみ消すときに手が火傷しそうなギリギリまで吸ってしまう。灰をなるべく机に落とさないよう、執拗に灰皿へと運ぶさまから、女の潔癖なところも滲み出ている。

珈琲を飲み終わってしまってからもしばらく爪をいじったり、枝毛をむしったり、せわしなく手を動かしていると、不意に目の前が暗くなる。

 

「奇遇だね。こんなところで出会うなんて」

 

さて、名はなんと言ったか、しばらく考えても全く出てこない。酒灼けした喉を震わせ、しばらく歓談しつつ、あわよくば会計を任せてやろうと目論んで(だって節約は大事だってよく言われるからサ)いると、出会った女は目論見通り会計を支払ってくれた。幸先がいい。ただ、「また今度ね」という乗り気しない口約束と引き換えではあったが、お互いの常、反故にしてもさして不都合はあるまい。

女と別れ、さも用事があるよう演じて駅までやってきたが、間近なイベントへの浮き足立った雰囲気にどうも耐えかねる。元来派手好みで、決してイベントに対してネガティブな印象はない。ただ、過ごしたいと思える相手がいないという事実が女を予想以上に苦しめた。

 何のために生きてきたのか、どうしてここに存在しているのか、苦しいと自覚しだすと息苦しく、やけに走って適当な番号にかけ、遊び相手を探し出す。幸い、電話帳は充実している。その場限りなど虚しいだけなのに、わかっていながら他の手段を考えられないでいた。

 

「あ、あたしあたし。今駅にいるんだけど、そうそう。急なんだけど会いたい」

 

何人もの別に会いたくもない、名前も顔もはっきりしない人たちに、猫撫で声を出している。不安や焦燥や喪失や何もかもの嫌なものをないまぜにして、火を付ける。

 

「禁煙ですよ、ここ」

 

善意ある一般市民が、自分の正義感をふりかざす。あなたはここにいるべきではありませんよ、そう言われた気がして、不意に涙が溢れそうになった。

会釈ひとつし、その場を去る。予定はまだない。